第3376日目 〈こんな夢を見た(その10):おぐゆーさんとの会話〜現実への帰還。〉 [日々の思い・独り言]

 こんな夢を明け方に見た。違う時間の世界のようだった。
 小糠雨が前夜から降り続いている。薄暗いビルのなかにある円形の広場にいた。頭上はどこまでも吹き抜けだ。青白い人工の灯が棒状になって、途切れ途切れに吹き抜けの上部まで続いていた。人影が蠢いている。皆なにやら忙しく立ち動いている様子だ。
 広場に店の看板と出入り口が面している。店内の照明が落とされているから、おそらく営業時間が終わっているのだろう。看板の電飾だけが辛うじて灯っている。そうしてわれらのいる広場は濡れている。空気も湿っていた。が、われらの体はどこも濡れていない。
 われら? 然り、他に彼女がそこにいる。かつて「おぐゆーさん」と呼んでいた女性だ。そのまま働きに行けるような服装であった。なぜか2人して広場にしゃがみこんでいる。わたくしは胡坐、彼女は脚を横に揃えて投げ出して。手を伸ばさずとも、互いの息が届くぐらい近かった。
 おぐゆーさんが先程から何事か、楽しそうに話している。やわらかくて、あたたかな笑顔だった。むかしは気を許した相手にしか見せたことのない、大概は仏頂面と称されることしばしばであったゆえ、その落差に一目惚れを禁じ得ぬ愛らしい笑顔。時々珠を転がすような笑い声があたりに響いて谺する。
 そのあとで交わされた、目覚めてメモ・アプリに記録した会話はこうである、──
 「海外赴任とかないの?」
 「ないのよ、それが。全然そんな話来ない」
 「行くつもりで入ったんだよね?」
 「そうなの。だから──」
 「一度も?」
 「うん」(トお腹を撫でるおぐゆーさん)
 「えー、勿体ない」
──以上。
 会話に補注を付せば、彼女は帰国子女である。英語のスキルを活かさんとて総合商社へ新卒入社した。海外赴任ありきの企業だったにもかかわらず……というのである。
 まわりの様子がすこし見えてきた。立ち働いている人々、というのはつまりわれらの同僚だ。そうしてここは閉店、廃業間もないショッピング・モールなのだ。どうやらテナントだった各店舗の撤収作業にわれらは駆り出され、おぐゆーさんとわたくしがコンビを組んで作業にあたっているようだ。彼女の容姿は、有楽町のホールで一緒にバイトしていた頃のそれである。
 咨、記録できた会話が上記だけなのが口惜しい。せっかく夢のなかで逢えたのに目覚めてしまったのが恨めしい。あのまま、夢のなかに留まることができたなら……。
 そんな夢を明け方に見た。違う時間の世界を覗き見た。
 わたくしは、うなされて起こされたらしい。目の前におぐゆーさんのいることが瞬時、理解できなかった。どうして──最後に逢ってから長く経って消息もわからぬ、そうして未だ想いが当時のまま残って宥め鎮めること能わず、生涯思慕して敬い畏れる唯一の女性がどうしていま、明け方のまだ薄暗い部屋にいて、あまつさえ床を同じうしているのだ。なぜ彼女はわたくしを心配そうに見、慰めの言葉をかけ、左手の薬指に光るものを嵌めているのか──。
 おぐゆーさんの息、髪、指、肌を感じながら、ああ……、と思った。現実への帰還。あるべき時間の流れへの帰還。そうだ、わたくしはようやくこの人と一緒になったのだ。安堵した。すこしく話をして、ふたたびしばしの寝に就いた。
 Do you love?
 Yes,I love.and true love, will never die.
 どうしてあんな夢を見たのか、わからない。正直なところ、〈いま〉が現実なのかどうかもわからない。そんな夢だったのである。◆

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