第3494日目 〈眠られる夜を迎えるために、枕頭で開く本。〉 原題;〈井上ひさしの真似をするわけではないけれど……。〉 [日々の思い・独り言]

 なかなか寝つけない日が、1ヶ月のうち1日くらいはある。時には何日も続くことだって。軽く体を動かせば(ストレッチとかね)どうにかなるか、と思うて試してみたが結果は空振り。
 人は眠れぬ夜、どう過ごすのだろう。或る年の或る日、気になって当時の同僚男子らに訊いてみると、ひたすら眠りが訪れるのを寝床でじっと待つ、或いは、スマホを弄って無為な時間を過ごす、と返事が両横綱であったのを覚えている。
 ひたすら待つのは結構辛く、スマホをいじくる趣味もないわたくしは結局、この酒席で行ったアンケートの結果にいたく落胆し、まるで自分の不眠解消策の役に立たぬことに頭をがっくり落としましたよ。
 まぁ、本でも読んでいよう。そうすれば直に眠りが訪れて、いわゆる寝落ちでもするさ。──実際そんな効果ある日もあった。そうしたなか薄々わかりかけてきたのは、普段から読んでいるような本ではなく、もっとテーマも内容も小難しくて素っ気ない、極端なことをいえばデータしか載っていないような本こそ、少なくともわたくしの場合は相応しいようである、ということ。
 はじめの頃は、多少なりとも経済学の知識があって、その筋で働いているような人を念頭に置いた経済書を古本屋で安く買って読んでいた。その頃はチンプンカンプンの内容だった。数字とデータ、専門用語と机上の空論を振りかざした〈魔導書〉のように思えてねぇ。開いて数分もすればたちまち眠りの世界に一歩足を踏み入れること、間違いなしの1冊だった。……が、経済に興味を抱き、自分でも投資などし始めたら、もうこの読書は本来の役目を失った。読めば読む程目が冴えて、「成る程、成る程」と呟くことも多くなってしまったのだから。奥方様と2人きりで過ごした初めての夜以来、この本を寝しなに読むことは止めている。
 年は流れて、現在。ふたたび何日も続けて、なかなか眠れない夜が続く。が、いまはかつての経済書と同じ目的で枕頭に侍らす本が、何冊かある。今年1月だったと記憶するが、秋葉原の古本屋(ブックオフじゃないよ)で『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫 2015/10)を店頭の均一棚から掘り出した。帰りの電車のなかで読み始めてすぐ、うれしくて飛びあがりたくなってしまう文章に出会った。曰く、不眠症のときどうしているか、大江健三郎に訊いたら、大野晋『岩波古語辞典』を読むてふ返事が「この方法だとよく眠れる」というお墨付きで返ってきた、と。

 試してみて、その効果にびっくりしました。なにしろ、辞典には物語も伏線クライマックスもありませんから、いつでもやめることができます。……すぐに眠りに落ちてしまう。それ以来、この大江式就眠法で不眠症を退治しています。(P12)

 思わず膝を叩いたのはいうまでもない(そんな気持ちになった、ということだ。なにしろ帰りの電車のなかである)。この方法、いただきだっ! が、そんなときに限って大江式就眠法、わたくしには井上式就眠法を実践して不眠をやっつける日は訪れない。
 そうして、いま(just now)。眠れぬ夜を悶々と過ごしていたとき、不意にこの方法を思い出して、開くべき本はないか、とあれこれ脳内選定した末に枕頭へ運ばれたのが、『データブック・オブ・ザ・ワールド 2022年版』(二宮書店 2022/01)と『法律学小辞典 第5版』(有斐閣 2016/03)である。
 前者は副題に「世界各国要覧と最新統計」とあるように、東京を中心とした世界主要都市との時差や人口、農作物や鉱業他の統計がずらり、と並んだあとに世界196ヶ国のデータを載せるという、この種の目的で使うには至れり尽くせりの1冊。これをじっと読んでいると、なんと世界は様々な個性に満ちた国で構成されていることか、と感心してしまうこと請け合いだ。どれだけ面積の小さな国でも軍事上、宗教上、政治上の変革の歴史を抱えているのだな、と思わず考えさせられてしまった。南米スリナム共和国の歴史や日本の対スリナム貿易に関して、ちょっとした、最低限の知識をつけるならこの1冊から始めると良いですな(どうしてスリナム? なんて質問はなしだ)。
 後者は──イカン、これはかつての経済学と同じ顛末を辿りそうだ、という懸念こそわずかに抱いているが、いまはまだ字面を追っているだけで目蓋が重くなってくるから一安心。とはいえ、開いたページに関心がある項目が記載されていると、しばし読み耽ってしまうけれどね。これは致し方ない。「成年後見」は宅建でおなじみの項目ゆえに読み耽りそうだが、そんなときは隣のページへ目を移して「政府契約」や「精密司法」の項目を読めば良い。しかし、この『法律学小辞典 第5版』に目を通しているとわれらが住む世界は、国の別なくあらゆる形の法律がそれを支えているのだなぁ、と呆れ顔で納得しまう。それも、どんな言葉もチェックを怠りさえしなければ、年間を通じて1度くらいは報道されるような出来事に関わっている。──そんな小さな発見に満足しているうちに眠気が襲ってきて、パタン、と巻を閉じて──良かった、今日も奥方様を起こさずに済んだ、と安堵して──部屋の電気を消す。
 さて、今夜ですが、ちょっといつもとは違う形で、眠気は訪れてきました。つまり、今宵の睡眠誘導剤はこうした本ではなく、本稿の執筆だったのです。それが証拠に、ミスタイピングが増えてきた。もう寝ます。◆


井上ひさしの読書眼鏡 (中公文庫)

井上ひさしの読書眼鏡 (中公文庫)

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/10/23
  • メディア: 文庫



データブック オブ・ザ・ワールド 2022 (2022年版 vol.62)

データブック オブ・ザ・ワールド 2022 (2022年版 vol.62)

  • 出版社/メーカー: 二宮書店
  • 発売日: 2021/12/22
  • メディア: 単行本



法律学小辞典 第5版

法律学小辞典 第5版

  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2016/03/12
  • メディア: 単行本



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