第0183日目 〈事件記者モルチャックが行く!(その1)〉 [日々の思い・独り言]

 ちょいとばかり長いが、聞いておくんな、居並ぶ紳士淑女の諸君。
 春の陽気とあの子の妖気に魅せられたおいらが、こんな馬鹿げた話をしてあげる。

 長いから、ってハナからそっぽを向けるのは間違っているぜ、お嬢さん。
 ほら、目くじら立てんのは良くないよ、ベイベー、君の美貌が台無しだ。
 皺が寄ってるぜ? さぁ、笑ってごらん。
 そう、「キミハぼくの太陽」ってSMAPも歌ってるじゃない、か……
 ……なんだい、その、耳の上まで挙げられた右腕は? その手が握っているのは、なぁに?
 ……おい。……おぉ、イッテーナ。
 物を投げるな! 缶はよせっ!! 中身入りはマジ痛いんだYO!!!


 (ああ、そこ。そこの人。そう、君。ここは笑う場面だ。引きつった顔はしなくていい)


 紳士淑女諸君、聞いておくんな。
 今日はいつものように、昼前から行きつけの喫茶店にこもろうとしたんだね。
 伊勢佐木モールを歩けば、誰でも目につく、あのマーメイド印の喫茶店さ。
 もう一軒あるにはあるが、そこには哀しい想い出が詰まっているんだ。
 否応なく記憶の底から蘇ってくるから、なるべく足を向けないようにしている。

 紳士淑女諸君、聞いておくんな。
 ━━ん、この書き出しはしつこい、って? そうだな、俺もそう思っていた。
 で、その喫茶店へ行く途中、裏路地を歩いていたのさ。
 路地にはあの界隈じゃ珍しくないが、所謂ラヴ・ホテルがあるわけさよ。
 ブティック・ホテルやシティ・ホテルと呼ぶ場合もあるが、目的は一緒だから。うん。

 で、いつものように妄想86.97564……(以下略)%でてくてくと歩き、
 「あ、焼き肉屋だ。“密談に最適”、ってどんな焼き肉屋や!?」とか(←実在します)、
 「いったいぜんたい、《暗黒の塔》はどんな結末を迎えちゃうのさ!?」とか、
 そんな心に浮かぶよしなしことを操りつつ裏道を行けば、
 と或るラヴホの入り口の方から、絹を裂くような叫び声or悲鳴がっ!!


 (「━━以下次回!」とかやったら怒る?)


 冷静に思い返すまでもなく、人の姿はなかった。俺一人だった。
 なのに、事件は起こってしまった━━昼前の裏路地で。
 しかも、俺の自称・庭というべきエリアにて。クーッ!
 よっしゃ~! 取材開始だ、独占スクープを狙え、あわよくばピューリッツァー賞だ、
 行け、僕らの味方、事件記者モルチャック! って誰やねん、それ?

 次の瞬間、再び叫び声が。もちろん、ラヴホの入り口の方からだ。
 そちらは薄暗かった。人目を避けるカップルのためだ、仕方ない。
 車の出入りはないようだった。俺は慎重にそちらへ歩を進めた。
 張りつめた空気のせいで、額に汗が噴き出してきた。やたらと重く感じられた。

 二歩、三歩、と俺は歩み寄る、突然の襲撃に備えて。
 ━━と、俺の視界に、黒い影が宙を飛んで横切るのが映った。結構でかい影だった。
 影は、路地向かいのコンクリート壁に豪快にぶつかり、
 ずるずると路面へ落ちこんでいった。
 ぐへぇ、と呻く声が、影の口から漏れた。

 俺は自分の目が信じられなかった。だが、信じるより他なかった。
 事実は小説より奇なり、だ。
 リプリーの本ではないが、まさしく「信じようと信じまいと!」だ。
 影の正体は男だった。むろん、成人男子。
 そうに決まってんじゃ……そうか、高校生でもラヴホ入れんの可。
 すみません、ちょっと面白い変換だったんで、そのまま残してみました。

 俺は男に近寄った。ホレイショ・ケイン風に屈んで、「怪我はないか?」と訊ねた。
 そのときだ、地響きが足の下から轟いて、濛々(もうもう)と砂埃をまき立てて、怪獣が襲来した。
 ━━Oh,no! 女性怒らないでくださぁい。ラヴホの玄関を背に、大股で立ち、
 肩を怒らせて出現したその女性は、マジで怪獣に思えたんだNE!
 この場合(様子から俺は二人が恋人同士だろう、と判断した)、一つのお約束事がある。

 恋人たちの性事情の現場に於いて、常に正しいのは女性で、
 とばっちり、ぃや、理不尽な要求を突きつけられるのは、
 ぅぅん、責められて然るべき(?)は男である、という「お約束」。
 世の習いに従って、俺は身を退いた。
 彼女の怒りをまともに喰らい、とばっちりを受けるのはまっぴら御免だからだ。
 といっても、勘違いしてほしくない。
 俺はその場から立ち去った訳じゃない。そんなこと、誰もいってない。


 (♪ちょっと離れたところから見物を決めこんだのさ!♪ ←『オバQ』のメロディで)


 彼女は再び叫んで、回し蹴りを彼に喰らわせた。
 それを彼は片腕で受け止めた。パシッとな、パシッと。なんだかとってもカッコイイぞ。
 まるで『マトリックス』のキアヌ・リーブスみたいだ。そのポーズも絵になってるよっ!
 なのに、間髪入れずに飛んできた、反対方向からの平手打ちは逃れられなかった。
 なんだかとってもカッコワリィ。前言撤回させていただきやす。

 彼女の罵詈雑言は結構でかい声だった。
 角を曲がり路地へ入ってきた浮浪者が、聞き見るや方向転換して、飄然(ひようぜん)と彼方へ去った。
 うん、それは賢明な判断だ。それに、「飄然」という表現がとってもかっこいいぜ、俺。
 なのに俺は、自分の身を守ることにちょっとばかし鈍感になっていたようだ。

 彼女は凄まじい目つきで、離れた(推定約5メートル)場所に立つ俺を見た。
 ヘビに睨まれたカエル? 山姥を前にして足がすくんでしまった木樵?
 他にもっと上手い表現があると思うが、悠長に考えていられる状況ではない。
 とはいえ、山姥、というのはいい線を突いているな。自画自賛? まぁ、いいじゃん。
 いずれにせよ、鬼か般若か、というような形相に加えて、そんな眼差しだ。
 第三者を怯ませるにはじゅうぶんすぎるほどである。
 俺はそのとき、病院送りを覚悟した。慰謝料を絶対ふんだくってやる、とも決意した。
 忘れないように住所と名前を聞いておかなくっちゃ……無理かも。ムリか、やっぱり。

 やがて彼女は俺に向かって、叫んだ。いや、吠えた、というべきかも。
 吠えた? ゴジラのように? 否(ノン)! それは怪獣王ゴジラに対して失礼の極みである。
 彼女の口から発せられた言葉になっていない言葉は、記録するにも困難を極める。
 興奮してろれつが回っていないのか、或いは、単に日本語でなかったせいか。
 が、前後の罵り言葉は、日本語だったように聞こえるな……まぁ、どうでもいいか。
 彼女がなんといったかは不明だ。クトゥルーの神を召喚する呪文かなにかか?
 14ヶ国語を流暢に操り、世界中の犬属と会話し(猫との意思疎通はしない。お断りだ)、
 挙げ句に、蛸(たこ)の化け物や金星人とも喋れるモルチャックを以てしても、無理だった。
 とはいえ、表情と体中から放たれるオーラが全てを語っている━━なに見てんだよ、と。

 申し訳ありませんでした。
 俺はその気持ちを伝えたくって、ぺこり、と頭をさげ、
 百八十度方向転換して路地を去った。
 いまならあの浮浪者の気持ちがよくわかるぜっ!
 背後から、今度は平静(?)を取り戻した男の声も一緒に聞こえてきた。
 いよいよ痴話喧嘩の始まりだ。嗚呼、このタイミングで居合わせたかったぜ。
 事件記者とは往々にして損な役回りなのである。ちぇっ!

 ところで痴話喧嘩の内容だが、なに、それほど大したことではない。
 みなさま、容易に想像がおつきだろう。既にヒントも出しておいた。
 ベッドの上で実は女性こそ支配権を握り、すべての営みに口を出す権利を持っている。
 男性諸氏よ、気を付け給え。君たちのわずかな手抜きを、彼女たちは冷静に見ている。
 どれだけ快楽の渦のただ中にあり、法悦(エクスタシー)に心を蕩けさせていたとしても、
 種の保存と存続という本能を植え付けられた女性は、冷静に男を吟味している。
 自分を抱く男の種は、果たして膣奥で育み生むに相応しい価値があるのか否か、を。
 女性は生命(いのち)の連鎖のキー・パースンである。男はそのための道具でしかない。

 さて、閑話休題。
 痴話喧嘩の内容でしたね、あなた(モナミ)。十八禁言葉の乱舞だった、とだけ報告しておく。
 昼間っからすごい会話を聞いたな━━というのが、嘘偽りなき素直で素朴な感想デス。

 斯くして事件は一件落着した、と思いたい。思っておこう。うん。
 俺は、路地を抜けて、哀しい想い出が詰まる喫茶店を横目に、
 マーメイド印の喫茶店へと足を向けた。事件を見届けてから五分と経たぬうちに、
 がら空きな喫茶店の、壁際の席へ着いていた俺。
 お決まりの注文を済ませ、湯気立つコーヒーを飲みながら、読みかけの文庫を開く。
 完結へと着実に進み、悲劇の色合いを徐々に濃くしてゆく一方な全7部の小説を読む。
 おもむろに顔をあげ、道行く人々の姿を傍観者の思いで眺めた。
 ふと、こんな歌を口ずさむ……、

 ♪あ~あ、やんなっちゃうなぁ、あ~あ、あっあ、驚いたっ☆♪◆

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