第0653日目 〈サニー・デイズ〉 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 ちょっと切りがよいので、神話にまつわる小さなスケッチをお目にかけたいと思います。



 幾重にも折り重なった灰色の雲が、東の空を埋めている。旅人は、サンルームのロッキングチェアに坐って、その空を見あげていた。湖に張り出したウッドデッキでは洗濯用のロープが風に揺れている。
 知らず、溜め息が零れた。追われて伝手を頼り、この北の永世中立国へ逃亡して14日。罪をなすりつけて消えた黒い衣の男は、何処にもいない。旅人は行方を求めて彷徨い続ける。この国に来たのは、なにも友人がいるからだけではない。黒い衣の男の行方を告げる者によりここまで導れてきたのだ。
 この家の主である友は会社へ行き、子らは幼稚園へ。旅人はいつか彼らを危険にさらすのではないか、と恐れている。彼が奴を諦めないのと同様に、奴も彼を諦めることはないからだ。われらの世界の外から来た2人は幾千年にも渡って、この追跡劇を飽きることなく続けている。それが彼らに課せられた宿命であった。が、間もなく旅人と黒い衣の男は出会う。
 旅人は腰をあげて体を伸ばした。背骨が鳴った。肩胛骨がグキリと動いた。部屋へ行き、友と束の間の愛を交わしたベッドをまわり、ノートパソコンを摑んでサンルームへ戻る。彼は奴を見ている。奴も彼を見ている。ただ互いに手を出しかねているのだ。いまはまだ決闘の刻でないと知っているからだ。
 黒い衣の男は男爵に呪いをかけ、古の王と白き女神により処刑された。が、奴は復活してただ一つの弱点を知る旅人を消そうと躍起になっている。既に知っていたのだ、やがて男爵は古の王と白き女神の新しい宿り手と邂逅し、時空の間隙を放浪する旅人がそれに力を与えて、遠い未来に自分を滅ぼすであろうことを。
 だから、旅人は待っている。黒い衣の男の気配濃厚なる北の永世中立国に留まり、決闘の刻を迎える日の訪れを。それまでは想いを交わした友のそばにいて、日々の無聊を慰めようとして。◆

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