第0869日目 〈〈ワールドクラシック@シネマ2011〉①;ミラノ・スカラ座、ビゼー《カルメン》を観ました。〉 [日々の思い・独り言]

 〈ワールドクラシック@シネマ2011〉がいよいよ始まった。今回はビゼーのオペラ《カルメン》を筆頭に、英国ロイヤル・バレエによるプロコフィエフ《ロメオとジュリエット》やボリショイ・バレエによるチャイコフスキーの《白鳥の湖》、リヒャルト・シュトラウスの最高傑作オペラ《ばらの騎士》など全8本が控える。昨年はこれの存在を知ったのが遅かったので殆ど観に行けなかったが、どうやら今年は全作品の上映に接することができそうだ。なにより、なにより。
 さて。今年の〈ワールドクラシック@シネマ〉の第一弾は、ビゼーの《カルメン》。ダニエル・バレンボイム指揮するミラノ・スカラ座の2009/10年12月、シーズン初日の上演である。
 スカラ座のシーズン初日を飾った《カルメン》について特記すべき点があるとすれば、外題役を歌うたアニタ・ラチヴェリシュヴィリを除いて他にはないだろう。グルジア生まれの25歳がシーズン最初のオペラの主役に抜擢された、というだけでもじゅうぶんなのに、オペラ史上で最も有名で最も情熱的な女(の一人)、カルメンシータを堂々と演じ上げた点にすこぶる驚きと喜びの念を禁じ得ないのだ。新しい逸材の誕生、その舞台に(映像という形であろうとも)接して抱いた感動は、かつてショルティ指揮する《椿姫》に於いてアンジェラ・ゲオルギウー扮するヴィオレッタに触れて以来かもしれぬ。少し暗めの表情を持つ歌声へ耳を傾けていると、なる程、男の心を手玉にとって翻弄し、やがて破滅に導く女を歌うに相応しい声であるな、と思うた。
 ミカエラについては省くとして、カルメンの相手を務めるドン・ホセ役のヨナス・カウフマンとエスカミーリョ役のアーウィン・シュロットのことを手短に述べておきたい(第一稿ではそれぞれ400字詰め原稿用紙にして約5枚ばかりあったのだ!)。
 まず、ホセ。カウフマンの演じるホセは、たしかに第一印象が『シャイニング』のジャック・ニコルソン。でもホセの熱さを全力で演じられるあたりに、ドイツ・オペラからは窺えぬカウフマンの情念を発見できる。カルメンという放埒にして奔放な、「取扱注意」な女へ首ったけになって破滅してゆく純情素朴な伍長ドン・ホセは、カウフマンの当たり役といえるのではないか。ホセ歌い、なんてあまり聞かないけれど、世に数多このホセを歌うテノールありと雖も少なくとも現時点に於いてカウフマン以外のテノールで聴くドン・ホセはちょっとしばらくの間はお引き取り願いたいのである。
 続いてエスカミーリョだが、この役に関してこれまでわたくしは満足できた試しがない━━映像と実演では。むろん、実演の場合、劇場に漂う空気に呑まれる、という点があるので印象論を云々するのは若干差し引いて行われねばならぬけれど、今回の映画で観たエスカミーリョもあまり満足できるものではなかった。アーウィン・シュロット……容姿も演技も声量、声音も申し分ないのだけれど、如何せん、肝心要の<闘牛士の歌>に納得できなければ、そのエスカミーリョに肩入れすることはできない。<ハバネラ>で外すカルメンに嘆息、席を立ちたくなるのと同じ理屈である。一言でいえば、まったく自己主張も自尊心の誇示もない<闘牛士の歌>であったのだ。その他については、悪くないのだけれど……。
 この《カルメン》が2009/10年シーズンの開幕初日の映像である、とは既に述べた。当夜━━小雨そぼ降るなか、小規模なデモ行進と警官隊がいがみ合う脇に建つスカラ座で幕を切って落とした新シーズンの初日の指揮を担当したのはダニエル・バレンボイムであった。R.ムーティ退任後、音楽監督不在のスカラ座に於いて事実上のトップを務める、首席客演指揮者であるバレンボイムがこの栄えある初日の指揮台に立つのは当然のことか。
 とはいえ、バレンボイムの《カルメン》に違和と不安を覚えていたのは否定しない。が、結論からいうて、この《カルメン》はすばらしく良かった。もとより音楽面で大きく外れることのないオペラだが、なかでも今回のものはお気に入りの一つとなった。記憶にのみ留められているせいもあろう。もちろん、オーケストラの実力あってこそのものだ。音楽はうねり、高揚し、啜り泣き、静謐の瞬間をもたらす。緩急自在、力ある《カルメン》であった。
 ━━昨年もそうだったが、今年の〈ワールドクラシック@シネマ2011〉も相当期待できる。この《カルメン》を観て、そうわたくしは意を強くしたのである。願わくば、再びこのオペラ映画を映画館の薄暗闇のなかで、胸をわくわくさせながら観られる日が訪れますように。◆

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