第1087日目 〈「エレミヤ書」前夜〉 [エレミヤ書]

 木田献一『エレミヤ書を読む』の表紙に、ミケランジェロ描くエレミヤ像があしらわれています。元はシステーィナ礼拝堂にある天井画の一部だそうですが、そこに描かれたエレミヤの姿に思わず胸が潰れそうになりました。かれは一人椅子に座し、背中を丸めて、左手を足の間にだらんと垂らし、右手を顔の下半分にあてています。そうしてその表情は愁いに沈んでいます。悲しみに囚われた表情のようにも見えます。いましも嘆きの訴えが堰を切ったようにして、手の陰に隠された口から流れ出すかにも……。わたくしはこの表情こそが、かれエレミヤを外題役(タイトル・ロール)とする「エレミヤ書」の内容を、それとなく示しているように思われるのであります。
 エレミヤはユダ王国がマナセをその王位に戴いている時代に生まれ、ヨシヤ王の御代になって13年目に預言者として召命されました。自分の若さを理由に固持しようとしましたが、主の説得によってその役に就きました。ここからエレミヤの辛苦に満ちた人生が始まりました。最後にかれはエジプト流離を経験しますが、実は本書は他の預言書と異なり、預言者の半生をおおよそその書物によって知ることができる、珍しい一冊でもあります。
 かれが生まれ育ったのは南王国ユダのベニヤミン地方、アナトト。南北の国境からは50キロ程度しか離れていない、地方聖所のある小さな都市でした。エレミヤの父はその地方聖所の祭司を務め、町の人々から尊敬される立場にあったようです。が、時はヨシヤ王の御代、地方の祭司を取り巻く状況が大きく変化しようとしている時代でした。王下22:8にある如く修復中の神殿から律法の書が発見され、同23に詳しく記されるような(律法の書に基づく)宗教改革を断行した王の政策は、そのまま聖所を擁す地方都市にまで波及しました。既に南王国領となっていた旧北王国南部のサマリアも含めて、そうした町々にあった“聖なる高台の神殿”をことごとく廃除することになったのです。不満の声も相当あがったことでしょう。就中アナトトではそれを上回る騒動に発展しました。というのも、エレミヤがこのヨシヤ王の宗教改革に賛同する態度だったからです。それがためにかれは故郷の人々に怨まれ、暗殺されかけるのですが、これについては当該章で再び触れることといたします。
 エレミヤは新バビロニア帝国の台頭を主なる神の意志、と捉えていました。それゆえに帝国の王ネブカドネツァルを主なる神の使い、と捉えてもいました。かれが預言者として生きた時代、ユダは外敵の脅威を最も肌身に感じるべき時代でした。その頃ユダを取り巻く列強国には、お馴染みのアッシリアがありました。勿論、エジプトもシリア・パレスチナを勢力下に置くのを狙っていました。そうしてなによりも東には新バビロニア帝国が控えておりました。この三国のうちでオリエント地方に覇者として君臨したのは、いうまでもなく新バビロニア帝国であります。この新バビロニア帝国がメディアと同盟を結んでアッシリアを倒してシリア・パレスチナへ侵攻、エジプトの進撃を退けて遂にはユダを支配下に置き、やがてこれを滅亡させたのでした。エレミヤはそんな時代にあって、いまなお主への背信を続けるユダの民に悔い改めて主の道へ立ち帰るよう説き、専ら初期には北からの脅威に備えよ、と、国家を脅かす外敵の襲来を警告したのでありました。ただかれが親バビロニア、親ネブカドネツァルであったことは知られていたようで、前586年のエルサレム陥落、第2次バビロン捕囚の折は厚遇されたようであります。これについても当該章で触れるつもりです。
 なお、「イザヤ書」もそうであったように記憶しますが、預言はかならずしも時系列に並んでいるわけではないようです。その理由として一説には、いったん書きあげられた預言書(原「エレミヤ書」)の一部が事情によって失われ、後になって補筆されたからだ、といいます。
 第一イザヤの約100年後に預言者として召命されたエレミヤは、ユダが危難にあった時代に生き、なおかつ祖国の消滅を目の当たりにしなくてはならなかった、旧約聖書に名が載る預言者たちのなかでひときわ悲しみに彩られた生涯を送った人です。それはおそらく、“試練の連続”なんていう生易しい言葉では片附けられないものだったでしょう。━━多くのハンデを負わされ、周囲の無理解に悩み、それでも自分に課せられた役割を全うすべく生きねばならなかった宿命の存在(ひと)。わたくしはそんな風にエレミヤを見ております。また、それらのゆえにかれを楽聖ベートーヴェンになぞらえている、などというたら、果たして一笑に付されるでしょうか。もっとも、想像するに二人が性格の面で一致、或いは調和することなどないのでしょうが……。
 明日からあなたといっしょに読んでゆく「エレミヤ書」は、前の「イザヤ書」に次いで長い書物となりますが、どうぞよろしくお付き合いください。◆

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