第1180日目 〈マーラー遍歴 1/2〉 [日々の思い・独り言]

 自覚していることがあるとすれば、わたくしはマーラーの良き聴き手ではないことだ。一昨年、2011年のメモリアルにも、まったく心が動かず、取り立てて購入欲が湧くでもなく、ひたすら外側から傍観していたわたくしであった。顧みれば、マーラーを自らの欲するところに従って聴いていたのは、はるか20代の頃でしかなく、そのあと新たに買い求める音盤は偶さかありと雖も数は極めて少ない。20代に僅かなお金をやり繰りして買い、何度となく聴いた何人かの指揮者によるマーラーを、いまなお後生大事に聴いているだけだ。
 マーラー初体験となったショルティの次に、わたくしが一人の指揮者でこの作曲家の交響曲を楽しんだのは、ヘルマン・シェルヘンによるものであった。ちょうどウェストミンスター時代の録音がユニバーサル・ミュージックから復刻されたり、ターラからの正規リリース盤が安定して輸入CD店に並ぶようになったり、と、比較的恵まれた時代に遭遇したせいもあろう。とまれ、わたくしはこの人の棒振りでショルティとはまた一味違ったマーラーを知ることとなった。非常にとんがった、先鋭的で最前衛の様式を備えたマーラー。まさに〈史上最強の交響曲作家〉(※1)と称すに相応しいマーラー。ありとあらゆる〈ハレ〉と〈ケ〉が互いに主張し合いながらも、なんの矛盾も破綻もなく同居している、やや分裂症気味なマーラー(ふと、過(よ)ぎるものがあったのだが、シェルヘン=マーラー体験は深い部分でわたくしの書くマーラーについての文章に影響を及ぼしているような気がする。どうもマーラーについてなにかを書くと、出来上がったものはどれも些か分裂症気味の様子を呈す。支離滅裂というてよいかもしれぬ。困ったものである)。
 とはいえ、このマーラーはとても面白かった。ショルティのあとにシェルヘンのマーラーなんて聴いたら、そのあまりの落差にびっくり仰天、椅子から転げ落ちてしばし無為無想、やがて胸奥から湧き起こる感情に言葉を与えて、「面白い!」と叫んでしまうのも自然の理(ことわり)であろう。
 が、それ以後のマーラー体験はなんの新鮮味もないものになった。アバドがBPO他を使って《千人の交響曲》をライヴ録音、マーラー全集を完成させたのはその時分であった、と記憶するが、『レコード芸術』誌のそんな記事にも特に興味を持つことはなく。なぜならば、当時はそれ以上に――ベートーヴェンよりもワーグナーよりも、リヒャルト・Sよりもっ!――ブルックナーに魅せられていたからだ。そのキー・パースンは当然、ヴァントとチェリビダッケ、就中は後者。マーラーには一瞥すらくれなかった両人である。
 顧みれば、1990年代のマーラー演奏/録音はそれなりに活気があったけれど、その産物にはさしてめぼしいものはなかったような覚えがある。別に資料を侍らせて書いているわけではないから尚更そんな風に思うのだろうが、やはり、マーラー演奏/録音が賑わいを見せ、相応の音盤が誕生するようになったのは、今世紀になってからだと思える。そうしてその傾向が見え始めたのは、新世紀前夜ともいえる1999-2000年あたりからだ。様々理由は挙げられようが、マーラー指揮者の新世代が軒並み台頭してシーンの最前線で活躍――まあ、アバドとラトルは扱いがちょっと別格になるのは仕方ないとして――、その一挙一動がわが国でも大きく報じられるようになったことに、一因を求めることはできるように思うのだが。
 アバドにしても、ルツェルン祝祭管との《復活》や、BPOを起用して再録音を果たした5曲(※2)の方が良いし、かれのあとを襲ってBPOの首席指揮者となったラトル、或いは若いときにバーンスタインの指導を受けたマイケル・ティルソン・トーマスといった人たちのマーラーにも、わたくしはじゅうぶんに満足している。ラトルなんて、以前はマーラーの他は聴いたこともなく、聴くつもりもない指揮者だったが、逆にかれのマーラーを聴き馴染んだことで他の演奏へ手を伸ばすようになり、お陰でマーラー以外で幾つかの愛聴盤が出来た。VPOとのベートーヴェンやBPOとのブルックナーはいただけないけれどね。
 ――年代のカテゴリーを外して話をすれば、一度は所有したけれど処分するに至ったものにシノーポリ、エト・デ・ワールト(明治大学の生協にて、アルバイト代の三分の一を割いて全巻を一度に購入した思い出が、これにはあったのだが……)、レヴァイン、ブーレーズなどがある。昨春文庫になった吉田秀和『マーラー』(河出文庫)を読んでいたら、レヴァインのマーラーが高く評価されていた。ちと勿体ないことをしたかも、と反省。機会あればもう一度聴き直してみたい。◆
(to be continued)


 ※1 〈史上最強の交響曲作家〉;金聖響・玉木正之『マーラーの交響曲』帯の惹句より(講談社現代新書)
 ※2 BPOで再録音した5曲;交響曲第3,4,6,7,9番。旧全集では順番に、ウィーン・フィル、ウィーン・フィル、シカゴ響、シカゴ響、ウィーン・フィルとなる。残るはBPOとの第2番と第10番アダージョのみ! 待ってまっせ!□

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