第1356日目 〈カンガルー、ここにありき。〉 [日々の思い・独り言]

 わが家のカンガルーは他の居候たちにくらべて背があるためか、ひときわ目立つ存在である。かれがやってきてもう十数年。はじめこそ貴族然とした顔立ちで、いわゆる「少々ハナの高い」同居人(?)だった。それがいまでは昔日の面影はいまいずこ、という感さえあるぐらい、庶民めいた、愛嬌のある表情になっている。理由を訊ねるとおそらくかれは、「あんたが触ったからでしょッ!」と不平たらたらだろうが、あるじたるわたくしにいわせれば、ここ数年のカンガルーの表情は実に良い。男前になってきた。――そう書いておけば、かれの不満も少しはおさまるだろう。
 「なに書いてンの?」いつのまにか足許にいたカンガルーがとことこと肩に載っかり、原稿を覗き見した。かれは日にいちどはこうして暇を持て余した挙げ句、あるじの肩へ載っかりにきて、じゃれついてくる。ふだんなら特になんとも思わないが、今日のように暑苦しい日だと我慢できない。お忘れかもしれないが、カンガルーという生き物、毛皮を身にまとっているのだ。
 が、そんなことにはお構いなしに、カンガルーはくっついてくる。
 「なに書いてンだよお?」
 「今日のブログに載っける原稿を書いているんだ。――君のことをね」
 途端にかれの目が輝いた。「おいらのこと? ――お話なの?」
 ……どうやらいつの夜だったか、寝付けぬ夜につらつら思い浮かんで聞かせてあげたお話を覚えていたらしい。かれは俄然、ぐっ、と身を乗り出した。
 「違うよ、残念だけど。いつも留守を守ってくれている君への、感謝状だよ」
 「カンシャジョー?」
 わかってかわからずか、カンガルーは肩から、ぽん、と飛び降りていった。「がんばってね!」と一言残して。
 いつの間にやらザ・イソーローズの頭領になった感のあるカンガルーだったが、昔はやっぱりオーストラリアに住んでいた。仲間も多く、楽しく過ごしていたようだ。息子も生まれて幸せだったはずだが、ある日、細君がウォンバットと駆け落ちをした。
 もしかしたらなにかの拍子に会えるかも、と淡い期待を抱いたかれは息子を連れて空港近くの草原まで出掛け、頭上をジェットエンジン音を轟かせて離発着する飛行機を、飽きず眺めていた。そこを人間に捕まり、カンガルー親子は一路日本へ――。浅草で買われてわが家の一員になったのは、それからしばらくのことである(らしい)。
 何年か経って、カンガルーは里帰りを果たした。が、数日で戻ってきた。淋しげな顔だった。理由を訊くと、「もう友だちは一人もいなかった。故郷の平原もなくなっていた」とだけ呟いた。わたくしの少し出ているお腹にしがみつき、「あるじだけがおいらの家族」と告白された。その夜、わたくしたちは、仲良く同じベッドで寝た。朝になったらカンガルーは床の上に転がって、恨めしそうな眼差しでこちらを見て、ふてくされていた。
 でもね、カンガルー。君の家族はあるじだけではない。まわりにたくさんいるじゃないか。ザ・イソ-ローズはいうまでもなく、みんな、君の家族だ。いつもありがとう。心の底からそう思っている。
 さて、いま肝心のご本人は、扇風機の前に陣取って、あるじへ背を向けている。右耳の青いリボンが風にゆれていた。◆

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