第1583日目 〈村上春樹『蛍・納屋を焼く・その他の短編』を読みました。また、最新短編集『女のいない男たち』が発売されます。〉 [日々の思い・独り言]

 村上春樹の短篇集『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)を読了しました。刊行された順番に読んでいるので、これが3冊目の短篇集になります。
 この短篇集を紹介するとき、いちばん訴求力のあるキャッチ・フレーズを探すとすれば、『ノルウェイの森』の原点となった短編「蛍」が収められています、となりましょう。さすがあの名作の基となっただけあり、「蛍」は上質の作品です。脆くて、儚い。しかし、好むか否かでいえば、わたくしは後者だ。『ノルウェイの森』を既に読んでしまっていて、それをお気に入りとしているがために、「蛍」には原点以上のなにかを見出すことが難しくなってしまっているのです。
 本書でわたくしが<良>と思うのは、続く「納屋を焼く」と「踊る小人」だ。両者の間に優劣があるわけではないが、どちらか一方を選べ、と尋問されたら、逡巡の後に「踊る小人」に軍配を上げる。
 <怖さ>という点では、これまで読み得た著者の短編では、ベスト・スリーに挙げられる程(残りは「TVピープル」と「氷男」)です。読了から数日経つが、この作品のことを考える度、わたくしは小人の薄気味悪い笑顔を思い出す。そうしてその都度、背筋に悪寒が走る。メルヘンティックな冒頭部に油断していると足下を掬われて転倒は必死だ。ダンスホールの場面から、幕切れの小人との会話と、「最早これまで」と読者に想像させる場面へ雪崩れ込むあたりは、ページを繰る手が止まりませんでしたね。
 間違いなく本短篇集のベストといえる「踊る小人」ですが、これあるがゆえに「納屋を焼く」の印象が若干薄くなってしまったことは、否定出来ない。でも、捉え難くミステリアスである点については、一歩も譲るところがありません。果たして本当に<かれ>は納屋を焼いたのか? <かれ>が語る話は真実なのか? そうして、<彼女>は一体どこに消えてしまったのだろう? 巻を閉じたあとまで読者の心を斯く悩ませる作品であります。
 最後に置かれた「3つのドイツ幻想」は、掌編3作を編んで一本の小説に仕立てあげたオムニバス作品。個人的に気に入っているのは、「ヘルWの空中庭園」です。わたくしも初夏になったら西ベルリンの、屋上から15センチばかり浮いた空中庭園を訪れてみたいものであります。
 「ギリシア語によるエステル記」と同じ日に本短篇集を終えたわたくしは、「マカバイ記一」の始まりを待たずに今日から次の短篇集『回転木馬のデッド・ヒート』(講談社文庫)を読んでいます。こちらについてもいずれそのうち感想文を認めることができるでしょう。

 既に書店のポスターや新聞広告で、村上春樹の最新短篇集『女のいない男たち』が文藝春秋から、今月18日に発売される旨、周知されてきています。昨年から今年にかけて『文藝春秋』誌に掲載されてきた諸編に加え、描き下ろしの表題作が収録される由。
 北海道のある街から抗議を受けた「ドライブ・マイ・カー」については、従前のアナウンス通り修正ヴァージョンが収録されることになる。雑誌掲載時に読んだにも関わらず印象が薄い作品でもあるので、いまから読むのがちょっと楽しみなのであります。
 これにどの程度まで修正の筆が入っているのか、という点も含めて、いまから発売日を心待ちにしております。とはいえ、発売日に購入したとしても、実際に読むのは真夏になるでしょうねぇ……。⎯⎯まなつ?◆

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