第1725日目 〈シラ書書第10章:〈統治者について〉、〈尊敬に値する者〉他with竹宮ゆゆこの新作が新潮文庫nexより登場!〉 [シラ書〔集会の書〕]

 シラ書書第10章です。

 シラ書10:1-5〈統治者について〉
 知恵のある統治者は民を教育して立派な社会を築く。聡明な統治者が行う政治は秩序ある社会を生む。こうした統治者に仕えるならば、役人も市民も自ずと為政者に倣う。一方で、愚鈍で知恵なき統治者は民を滅ぼすばかりである。
 この世の主権は主の御手にあり。「主は、時に応じて、ふさわしい人物を起こされる。」(シラ10:4)人の誉れは主の御手にあり。立法者(法学者)に栄誉を授けるのは主である。

 シラ10:6-1〈高慢について〉
 隣人の仕打ちに憤りを抱くな。他人へ横柄に振る舞うな。高慢と不正は非難の的になる。
 高慢の始まりは主から離れることだ。人の心が主を畏れ、敬うのをやめたときがその始まり。
 「高慢の初めは、罪である。/高慢であり続ける者は、/忌まわしい悪事を雨のように降らす。」(シラ10:13)──そうしてかれらは恐ろしい災厄に見舞われ、全地から根こそぎ滅ぼされる。否、のみならず、かれらが存在した事実さえ世人の記憶から消し去られたのである。
 嗚呼、人は高慢であってはならぬ。女の腹から出た者は誰であれ、激しい憤りを抱いてはならぬのである。

 シラ10:19-25〈尊敬に値する者〉
 尊敬に値するのは、主を畏れる人である。尊敬に値しないのは、掟を破る者である。
 仲間内なら決定権を握る人が敬われ、主の前に於いては主を畏れる人が尊ばれる。
 貧しくとも聡明な人を蔑むな。罪人を誉め讃えるな。
 権力者や社会的地位の高い人は相応の栄誉を受けるが、主を畏れる人へ寄せられる誉れはそれ以上のものである。
 かりに、自由な身分にある市民が知恵ある奴隷に奉仕するところを良識ある人が目撃しても、その行為を当然のことと思い、咎めることはしないだろう。知恵は主を知る初め、主を畏れるなら奴隷はその身分にかかわらず尊敬されることもあるだろう。

 シラ10:26-31〈謙遜と誇り〉
 仕事をするとき理屈をこねるな。困っているとき見栄を張るな。働いてすべてに満ち足りている人の方が、理屈をこねたり見栄を張る人よりずっと優っている。
 「子よ、慎み深く、自らに誇りを持ち、/自分を、あるがままに、正しく評価せよ。/自分自身を汚す者を、/誰が正しい人と認めてくれるだろうか。/自分自身を軽んじる者を、/誰が重んじてくれるだろうか。」(シラ10:28-29)
 貧しい人は知識によって、金持ちはその富によって尊ばれる。知識のある貧しい人が富を得たらば、どれ程尊ばれることだろうか。軽蔑されてばかりの金持ちが貧乏になったら、いったいどれだけ軽蔑されることだろう。

 煩雑になるのを避けるため、ノートへ落としこむのを省いた箇所がある。シラ10:8-11がそれだ。自分で読書する、学習する意欲と能力と行動力のある方は書店に出掛け、新共同訳・続編附きを立ち読みするなり購入するなりしていただきたいが、それはさておいても一点だけ付記しておく。
 シラ10:9「土くれや灰にすぎぬ身で、なぜ思い上がるのか。/だからわたしは、彼のはらわたを、/生きているときに、つかみ出してやった。」
 これは明らかに誰か、歴史上の人物を話題にのぼしているように読める。勿論それが誰なのか定かでないけれど、一説では(これまでさんざん本ブログにもご登場いただき、いまや最初の数文字を入力するだけで予測変換のトップに来る)アンティオコス4世エピファネス、一説では前204年に疾病により崩御したというエジプト王プトレマイオス4世フィロパトルである云々。プトレマイオス4世はシリア・パレスティナの覇権をめぐってアンティオコス3世と戦闘を繰り広げた人。
 引用文のなかの「彼」が2人のうちどちらかなのか、或いはまた違う人物なのか定かでない。この部分を著者イエススが書いたのかどうかも不明だ。ただ、いずれにせよいえるのは、こうした歴史上の誰彼であれ高慢になって主への畏れをなくした(もしくは、当初より持ち合わせなかった)人は、それに似つかわしい結末が用意されているのだ、ということであろう。



 新潮文庫の新レーベル<新潮文庫nex>が今月より刊行開始。文庫の創刊100年を記念してのもので、「『キャラクター』と『物語』『文学』の融合を」(新潮社HPより http://shinchobunko-nex.jp/blog/2014/08/02.html)目指す由。
 でもまあ実はそんなことはどうでも構わなくて、わたくしがこれを話題にするのは偏に竹宮ゆゆこの新作が読めるからに他ならない。まさかこの人の新作が、殊もあろうに新潮文庫で読めるとは!
 竹宮ゆゆこの新作のタイトルは『知らない映画のサントラを聴く』。むろん、映画音楽のガイドではない。本作の惹句は「これは恋か、贖罪か。圧倒的恋愛小説」という。楽しみである。明日、仕事帰りはカフェにて原稿を書く前に書店へ寄ってさっそく一冊、購うとしよう。
 『ゴールデン・タイム』完結から今日まで、ずいぶんと待たされてしまった(若竹七海程ではないが)。HMの短編集を読み終わったら、ちょっとこちらへ寄り道しよう。うん、決定事項。◆

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