第2454日目 〈『ザ・ライジング』第3章 10/28〉 [小説 ザ・ライジング]

 八景島シーパラダイスは空いていた。というよりも、閑古鳥が鳴いていた。地方の裏寂れたテーマパークのようだった。家族連れやカップルの姿はちらほら見られるが、予想していたよりもぐっと少ない。
 今日は日曜日、プラス祝日プラス三連休の中日。てっきり賑わっているとばかり思っていた。なのにこの状況は……。白井は一声呻き、押し黙った。傍らで希美が不安そうな面持ちで、あたりを見渡している。
 「空いてるね……」
 希美の正直な発言に、白井はただ頷くよりなかった。
 目の前には人の乗っていないメリーゴーランドがある。塗り直して日が経っていないのか、やけに色彩が鮮やかで却ってそらぞらしく映った。インフォメーションセンターの中にいて外の世界を見ている職員が、人目もはばからずに欠伸をした。歯並びの一つ一つ、虫歯のあるなしさえわかるような気がする。
 白井は振り返った。希美がこちらへ背を向けている。海から時折吹きつけてくる風が、希美の黒髪をなびかせた。一瞬、潮の匂いと花の香りがした。白井は希美の傍らに立って、その視線を追った。冬枯れした芝生と、その向こうに海が広がっていた。
 短く咳払いをして白井は、
 「これだけ少なかったら、アクアミュージアムとベイマーケットの他も見られるんじゃないかな?」
 ややあって希美は振り向いた。口許にやわらかな笑みが湛えられている。彼女の母を知る者があったら、やっぱり母娘だね、といっていたことだろう。彼女はいった。「次のときでいいよ。哀しみは一度に、楽しみはちょっとずつ、ね?」と笑いながら。
 ――この子、本当に十七歳なんだろうか、と白井は訝しんだ。人生のコツ、「哀しみは一度に、楽しみはちょっとずつ」なんて、この年齢でいえるのは希美ちゃんぐらいじゃないだろうか。ああ、いや、いたな、もう一人。実在の人物じゃないけれど、“丸い頭の男の子”チャーリー・ブラウン氏が。「愛読書?(にっこり)スヌーピーの漫画」語尾にハートマークをつけて、かく曰うた希美の顔を思い出す。あれは教育実習で学園に通うようになって三日目の朝、偶然にバスで隣り合わせた希美と交わした会話だった。そのときから白井ははっきりと、希美を意識するようになった。この二日間、なんとなく気になる生徒から、なにをするにも意識してしまう存在となった最初の瞬間。
 「うん、わかった。希美ちゃんがそういうならね。じゃあ、行こうか?」
 白井は諾い、希美を促した。希美が腕を絡めてきた。□

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