第2498日目 〈『ザ・ライジング』第4章 18/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 彼は既に限界に達してきたのを知った。痙攣と収縮を繰り返す希美の膣が、上野の怒張を絶頂へ導いてゆく。そしてそれは時を経ずしてやってきた。上野は思いきり腰を打ちつけて、自分のものを吐き出した。
 肩で息をしながら、希美を見た。顔を背けて目蓋を固く閉じていた。罪悪感や達成された征服欲、最後の一線だけは譲らず守ってきた尊厳を失った哀しみ。エトセトラ、エトセトラ。混乱した感情が上野に襲いかかってきた。
 希美の目から涙が一筋、頬を伝って流れ落ちてゆく。それを見た上野は小さな声で一言、「ごめん」と呟いて、希美から離れてふらつく足で立ちあがった。すっかり怒張は萎えていた。
 彼は焦点の定まらない目で、赤塚を見て、こちらへ来るよう手招いた。
 「あの人が、終わったら俺達二人で飲むように、って置いていってくれた酒があるんだ。一緒にどうだ」
 ヴィデオ・カメラの停止ボタンを押し、目から話した赤塚が、床で身動き一つしない希美を蔑んだ目で見おろし、ついで上野を見て頷いた。「そういうことなら、喜んで」
 「準備室にあるよ。さすがにここで飲むのはやばいからな」
 そういうと上野は踵を返し、音楽準備室に歩いていった。赤塚がそれに続いた、希美には目を向けることもなく。
 ――上野は扉を閉めると、後ろから赤塚の髪を摑んだ。こちらへ向かせて力の限り、大きく振り回した。机に載っていた楽譜や雑誌がこぼれ落ち、譜面台が倒れた。鈍い音が幾つも部屋に響いた。部屋の空気がほんのわずかであったけれども、ゆらいだような気がした。赤塚が必死の形相で抵抗する。上野は自分をひっかこうとする彼女の手をなぎ払い、首に手をかけた。
 あばよ、馬鹿者、と上野はいった。
 赤塚の顔が恐怖にゆがんだのが視界の端で認められたが、そちらをちゃんと見るつもりはなかった。彼は首に掛けた手に力をこめ、彼女の首を勢いに任せてねじった。ぼきん、という音が、はっきりと彼の耳に届いた。その途端、赤塚理恵は糸の切れた操り人形の如く床に崩れ落ちた。
 部屋に静寂が戻ってきた。空気が歌っている。ここであったことを清めるような歌に聞こえた。
 床に転がるヴィデオ・カメラを拾いあげ、少し迷ったあとで鞄の中にしまった。彼は服を着て自分の荷物をまとめると、赤塚の遺体を担いで、音楽室の方からそっと廊下へ出た。未だ倒れたままであろう希美の姿を見たくなかった。もしかすると、もう起きあがっているかも知れない。希美にだけはいまの姿を、そして肩に担いだ荷物を見られたくはなかった。
 人目につかないよう廊下の壁際をそろそろと歩き、希美が使うであろう階段と向かい合うもう一つの、職員室に近い方の階段をゆっくりと降りた。
 六階から五階へ。彼はその場で立ち止まると、あたりを見まわした。誰もいない。誰の気配もない。彼は赤塚を降ろすと、後頭部を床にあてがい、階段から落ちたように見せかけた。自分がやったのかどうか、誰がやったのか、という問題ではなかった。要は深町から少しでも離れたところでこいつが見つかればいいだけのことだ、と上野は独りごちた。
 深町、と彼は呟いた。もうお前を脅かす者はいないよ、よかったな。
 講師控え室へ戻ろうとして、上野は足を停めた。反対側の階段を一段飛ばしで、木之下藤葉が六階目指してあがってゆく。お前にはいい友だちがいるな、とそれを眺めながら、上野は呟いた。彼は溜め息をつくと、階段を降り始めた。□

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