第2933日目 〈2020年、わたくしはこういう本を読んでいたのか……。〉 [日々の思い・独り言]

 昨年も同じ傾向のものを書きましたが、今年も、自らの読書歴の振り返りという意味をこめて綴ってゆくと致します。
 2020年の読書でやはり最大のトピックは、新潮文庫版太宰治作品集の読破でした。ちょうど10年前に一旦中断してそのままになっていたのを昨年から再開し──というのは何度も書いてきたので省きませう。
 本稿の趣旨に従ってなにか1冊選ぶとすると……んんん、難しいな。”今年”読んだ太宰ですからねぇ。1冊というよりもそこに収まる作品になっちゃう。そうね、こんな感じ;『きりぎりす』から「未帰還の友に」、『新ハムレット』から「女の決闘」と「待つ」、『グッドバイ』から「グッドバイ」。
 個々の作品については最早触れない。当該文庫の感想にあるから。太宰の才能がオールラウンドで堪能できる逸品揃い、神品揃いとだけ、ここではお伝えしておきましょう。忌憚なくいわせていただくと、この4作で太宰に抵抗ある人は、他のどんな有名作傑作代表作を読んでも、ピン、とは来ない不感症患者と診察されても仕方ないと思います。
 太宰を(再読含めて)6月で終わらせたあと、わたくしが向かったのはドストエフスキーでした。短編・初期作と続けて本丸というべき『未成年』『カラマーゾフの兄弟』へ至る予定でしたが、現在挫折中。ふたたびドストエフスキーに心が向かう日は来るのかな。
 されど斯様な下であっても、読む機会稀な短編群にまとめて触れることができたのは、収穫でした。太宰とはまた少し異なる意味で、作者の多芸多才ぶりが味わえたからであります。
 して問題はここから先、即ち中秋から現在までの読書について、なのでした。小説から離れて教養書、専門書、要するにフィクションではないジャンルの本に溺れていたがゆえに、上述のようにあの本は、この本が、と取り挙げることができないのです。それに代わって出来ることといえば、この時分、わたくしがなにを読んだか、を羅列することぐらいで……許されるでしょうか、ありがとう。では、──
 未読未架蔵の渡部昇一の著書を買い漁り読み倒し、氏の日本史に関する本は『日本史から見た日本人』全3巻(祥伝社 1989/5)と『渡部昇一の少年日本史 日本人にしか見えない虹を見る』(致知出版社 2017/4)があればじゅうぶんと判断できるぐらいには読みこんだ。『日本の歴史』全7巻(WAC)は後者に不足を感じたならば読めば良い。
 20代に読んでいた雑誌『BOOKMAN』(イデア出版局→トパーズプレス 1982/10−1991/6)の全冊揃いを入手したことから、タングラムから出版・翻刻された書物関係の本を購い、髙宮利行『西洋書物学事始め』(青土社 1992/12)やウィリアム・ブレイズ『書物の敵』(八坂書房 2004/10)を読み耽り、改めてわが国と西洋の書誌学の架蔵する本を点検する機会を与えられた(その流れで、『弘文荘 反町茂雄氏の人と仕事』文車の会・編を購入。以て反町茂雄に関する本の蒐集にピリオドを打つことにした[『弘文荘待賈古書目』なんて、買えないよ])。併せて鹿島茂や庄司浅水の本に手を伸ばした。
 池上彰や佐藤優らの著書をガツガツ読んで、感想を本ブログやTwitterに投稿もした。そのなかから特に1冊、とはまるで選べないが、どれもこれもわたくしには財産となり栄養分となり、前に進むためのガソリン代わりになった。池上さんと佐藤優の勉強術は社会人には高嶺の花のように映るけれど、案外と工夫次第で自家薬籠のものとできるのかもしれない……が、千々心乱れることあるいまのわたくしには、「ああ、そうですか」と溜め息吐くぐらいしかできそうに、ない。
 ──顧みて今年は、恋愛面ではまーーーーーーーーーーーーーーーーーったく進展なく展望もないまま2021年に”to be continued,”となったけれど(もうっ!!)、読書に関しては昨年よりも充実していた様子であります。来年も、読書についてはこうだと良いな。◆

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。