第3055日目 〈戸田久実『アンガーマネジメント』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 もしそこに一丁の銃があったらば、至近距離から相手の眉間なり後頭部を撃っていただろう。もしそこに一振りの刀があったらば、適当な間合いを保った上で相手を袈裟斬りしていたことだろう。もし日頃からブチギレキャラであったり風紀の是正をうるさくいう役であったなら、都度連衆に向かって咆吼していたであろう。勿論、そんな行動に出ることはなかった。よくいえば不干渉主義を旨としこれを貫き、悪くいえば自分のなかでかれらに見切りを付け、見放していたからだ。世話係は他にもいたことだしな。
 が、騒々しいのはいただけない。無関係の第三者がいる前でよくそんな赤裸々かつ破廉恥な話ができる。そんな羞恥心の一片だになき職場環境に在って内心フツフツ怒りを感じ、日一日と増大してゆく”それ”をうまく飼い馴らす必要を感じ始めた矢先に見附け、購入したのが戸田久美『アンガーマネジメント』(日経文庫 2020/03)だ。
 実際に読んだのは購入からずっと経ってからだが、タイミングを逸した時分に読んでもじゅうぶん得るところの多い1冊であったことを、まずはお伝えさせていただきたい。

 書名にもなった「アンガー・マネジメント」とは、自分のなかの怒りの感情をうまくコントロールする技術のこと。著者は「怒りと上手に向き合うための心理トレーニング」(P3)という。要するに自分の心と体を大切にする、守るための方策である。
 本書は全6章から成り、アンガー・マネジメントの必要とされる背景から始まって、どんなトレーニング方法があるか、指導の仕方や叱り方まで、とても平易な文章で説かれている。章立てを紹介すると、──
 第1章 なぜ、いま必要なのなか?
 第2章 怒りはどこから来てどこへ向かうのか
 第3章 怒りの構造を知ろう
 第4章 アンガー・マネジメントの実践
 第5章 怒りに巻き込まれたときの対処法
 第6章 指導の仕方、叱り方
──以上。
 読後感をひと言で申せば、反省させられること頻りであった、となるだろう。

 最もグサリと来たのは第2章の、自傷行為にまつわる件だ。怒り(や不満)を外ではなく自分の内に溜めこむと、そのストレスによって自傷行為に及ぶ、という。わたくし自身にも身に覚えがあるし、来し方にて知り合った人々のなかにそういう人が何人もいたから。自分自身に攻撃が向かうという意味ではメンヘラと被る部分もありそうだが、ここではその問題には立ち入らない。
 話を戻すと、自傷行為には幾つかのパターンがある由。そのうちの1つが飲酒である。実は本書を読むまで、自分のしていることが自傷行為かもしれない、と疑うことさえなかった。が、冷静になって根源まで観察・分析してみたら、成る程、たしかにそれは自傷行為だったかもしれない、と考えこんでしまったことである。
 著者は斯く述べる。曰く、──
 「『こんなにお酒を飲んだら身体を壊す』とどこかでわかっているのに、自暴自棄になって過度に飲酒をしてしまうのです。このように自暴自棄になることも、怒りを自分に向けている行為のひとつ。つまり、自傷行為に該当します。」(P58)
 「やけ食いの場合、イライラしたら食べるということを繰り返していると、無意識に習慣になってしまいます。そして刺激が足りなくなり、どんどん量が増えていくのです。このような場合、味わうわけではなく、ただ食べることが目的になっています。」(P59)
 帰宅前にスーパーで日本酒(300㎖×2〜3本)と惣菜のポテサラ等々買いこんで独りマンションの広場で飲み食いする。まっすぐ帰ろうとしても気附けば足はスーパーに向かっている。これを断ち難き悪しき習慣と考えたのが、当時のわたくしであった。改善しなくてはならない悪い習慣としか思うていなかった。が、著者はこれをはっきりと「自傷行為」と呼ぶ。
 当時、家のなかにも会社にもイライラの種があった。そんなイライラ、怒りを自分のなかに抱えこみながら深酒と粗食に耽っているうち、飲む・食べるが愉しみではなく目的と化し、口に詰めこんで咀嚼して胃袋に流しこむだけの行為になってしまっていたことは否めない。味を愉しむなんてゆとり、皆無に等しかったものなぁ。
 正直なところ、これが本当に自傷行為に該当するのか、確信がない。しかし、根底に潜むのが怒りを溜めこんで生まれたものであるならば、取り返しがつかなくなる前に踏み留まり、アンガー・マネジメントを実践して事態の解決を図る必要がある。

 では、本書に於いてアンガー・マネジメントの実践に関して、どのように紹介されているか。
 人間は怒りを覚えてから理性が働くようになるまで6秒間を要す、という(P95)。その6秒間をどうやり過ごすか、それが本書で紹介される<怒りに対処するテクニック>である。9つのテクニックが取り挙げられているので、読んだ人が自分にあった方法を選べば良いというわけだが、わたくしの場合は以下の3つのテクニック──対処法が自分にはピッタリだと思った。即ち、──
 ①怒りを数値化する「スケールテクニック」
 ②怒りを記録する「アンガーログ」
 ③解決志向で取り組む「ストレスログ」
──である。

 「スケールテクニック」は、いま感じた怒りを数値化、10点満点に置き換えたら何点だ、と判断を下す方法。人によって内容と点数の関係は変わるかもしれないが、本書ではこのようにマトリクス化される。
 「  0点 まったく怒りを感じていない状態
  1〜3点 イラッとするがすぐ忘れてしまう程度の軽い怒り
  4〜6点 時間が経っても心がざわつくような怒り
  7〜9点 頭に血がのぼるような強い怒り
  10点  絶対に許せないと思うぐらいの激しい怒り」
 怒りを採点するという方法は、件の6秒間をやり過ごすだけでなく、同時に心のなかに余裕を生み、頭を冷静にするためにも有益だ。実際にやってみると、採点の作業をしているうちに怒りが収まっていることが多い。
 採点の基準と怒りの内容を照らし合わせていると、「いまの怒りは○点だな」「いや待てよ、それ程のことでもないだろう、精々○点じゃないか?」「うーん、そうかな」「そうとも」、なんてやり取りを脳内でしているうちに6秒は経過し、心もいつしか静穏を取り戻し、なにより抱いた怒りに対してどうでもよくなっていたりする。

 「アンガーログ」とはまさにそのままのことで、そのときに抱いた怒りを、怒りを覚えたら可能な限り早い段階で記録しなさい、ということ。但しここで大事なのは、と著者はいう、この記録は怒りを吐き出すためのものではない、と。書くという行為によって怒りの感情は増幅される場合がある。文章は感情を増長させるのだ。それを制して記録を取るのは時に難しく、却ってイライラを募らせるだけかもしれない。著者は明言していないが、そうするのもトレーニングです、ということなのだろう。
 書いているときに分析はするな、ともいう。分析は後回し、とにかくあったことを記録しろ、というわけだ。書きながら分析とか捏造・改竄・推敲なんて以ての外、そんなことしたらアンガーログをつける意味がなくなってしまうから。

 解決志向で怒りの対処に取り組む「ストレスログ」だが、これについて書かれた第4章第3節(P111-119)は本書のなかでも特に精読熟読して、自分のなかに取り入れるようにしたい。
 本書ではここに至るまで幾つものアンガー・マネジメントの実践について紹介されたが、最終的にはこのストレスログに流れ着く。ここを安易に扱ってはアンガー・マネジメントの実践は完成しないだろう。
 変えることが可能であるならば、また仮にそれが不可能な場合であっても、次に考えるのは「重要か否か」の判断だ。
 <変えられることでかつ重要なこと>ならば目標・計画を立ててすぐに取り組み、<変えられるけれど現時点でさして重要でない>場合は、目標・計画を立てた上で余力が生まれたときに着手する。
 一方、変えられない場合は重要であろうとなかろうと、基本的には「スルー」の姿勢である。<変えられないが重要なこと>ならば、まず「変えられない」という現実を受け容れた上で実現可能な選択肢を探し、<変えられないし重要でもない>ときは、もう完全に現状維持、スルーでゆけばよい。つまり、打っちゃっておけ、ということ。小見出しにもあるように、その時点で最善の、建設的な行動を取り、どうにもならないことには悩まないことが肝要なのだ。

 先程、自傷行為に触れて、グサリ、と来た、と述べた。反省したい、とも。同じくグサリ、と突き刺さったがもはや反省して改めることの叶わぬことも、本書には書かれていた。第6章「指導の仕方、叱り方」である。この章を読んで、どうして買ったときに読まなかったのか、と本気で後悔したのだ。
 「上司が日頃から面倒を見てくれていたり、相談に乗ってくれていたりしていて、互いに信頼し合える間柄なら、『この人を怒らせてしまった』『この人がここまで本気で怒っている』ということがわかった瞬間に、多くを語らなくても部下の気が引き締まることがあるのです。/しかしこれは、それまでの間の信頼関係があり、叱られた人が叱った人に対する尊敬の念を抱いているからです。」(P204)
 「反対に言えば、文言を整えても、いままでの関係がいい関係でないとまったく相手の心に響かず、むしろ『この人にだけは言われたくない』と思われて終わってしまいます。/叱ることや耳の痛いフィードバックは『何』を言うのかも大切ですが、『誰』に言われるのかもとても重要なのです。」(P205)
 まこと、指導や指摘とは<なに>を<誰>がいうかが最も重要な部分なのである。それを痛感してまだその記憶が残っているときに読んだからこそ、殊引用した部分は響き、突き刺さるのだ……。

 然るべきタイミングを逃しての読書となったが、やはりこれは管理者を──サポートし、マネジメントする側を体験したいまだからこそ読んでよかった。おこがましくも本書を読んで、上に立つ者として常に意識すべき点、或いは問題点の在り処が朧ろ気にも見えてきたように思うからだ。
 著者、戸田久実はこれまでアンガー・マネジメントやアサーティブ・コミュニケーション(お互いを尊重しながら意見を交わすコミュニケーション)、アドラー心理学を礎としたコミュニケーション指導に実績を持ち、その方面の著書を幾つも持つ。(一社)日本アンガー・マネジメント協会理事他を務めている由。
 最後に、アンガー・マネジメントの窮極と思う一節を引いて擱筆とする。長文、お読みいただき感謝。
 「最優先すべきは、怒りに巻き込まれたり惑わされたりせずに、穏やかな気持ちで仕事をすることです。いつでもここに意識を向けるようにすると、スムーズに仕事も進みますし、ストレスを抱えずに過ごすことができますね。」(P156)……ご尤も。◆



アンガーマネジメント (日経文庫)

アンガーマネジメント (日経文庫)

  • 作者: 戸田 久実
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版
  • 発売日: 2020/03/14
  • メディア: 新書




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