第3091日目 〈これまで読んできた、いま読んでいる歴史小説、時代小説の話。〉1/2 [日々の思い・独り言]

 或るとき急に、歴史小説、時代小説を読みたくなります。特にご贔屓の作家がいるわけではないので、手当たり次第目に付いた作家の小説を、となるのですが、それでも処分をまぬがれた小説の群れをながめてみると、気に入ったとおぼしき作家の本は何冊も残っていて、ああこのときはこの作家の小説が自分の心情や気分にぴったり添うていたのだな、とわかります。
 そも自分がこの分野へ手を出すようになった馴れ初めの小説は、なにであったか。ずいぶんと積もった思い出の層を試みに掘り返してみると、いちばん最初に自発的に読んだのは岡本綺堂であった──但し『半七捕物帖』ではなく、『青蛙堂鬼談』か『近代異妖編』……つまり光文社時代小説文庫の『影を踏まれた女』『白髪鬼』のどちらかであったようです。買ったのではなく、地元の図書館で見附けた。
 どうして岡本綺堂なんて名前を知っていたのか、定かではありませんがおそらく、まぁ例によって渡部昇一が著書のなかで勤労動員から久しぶりに家に帰ったとき、母が作ってくれたぼた餅を布団に横ばいになって食べながら綺堂の捕物帳を読み耽った、というエピソードが焼きついていたのでしょう。
 しかし、はじめて読む綺堂に怪談が選ばれたのは? 東雅夫あたりが『幻想文学』誌や『ダ・ヴィンチ』誌、もしかすると他の媒体で綺堂の怪談に触れていたので興味を持ったか、或いはこちらの方が可能性としては高いのだけれど、『BOOKMAN』第19号特集「本物のホラーを!」で綺堂『青蛙堂鬼談』が紹介されていたことがきっかけだったのかな。『BOOKMAN』では『青蛙堂鬼談』を以前は角川文庫で読めたけれどいまは絶版、一部が光文社文庫で読める、としている。本誌の発行は1987年7月。翌年にわたくしが借り出した光文社時代文庫が刊行されてているのは、けっして偶然ではないだろう。
 閑話休題。すっかり話が横道にそれちまった。軌道修正と行きましょう。
 歴史小説、時代小説であります。とまれ怪談をきっかけに岡本綺堂の他の作品(前掲2書を除けば『半七捕物帖』全6巻と『三浦老人昔話』がその図書館が所蔵する綺堂作品のすべてでした。旺文社文庫版も揃っていましたが収録作品は概ね重複していたので、それらを借りることはなかった)を片っ端から図書館から借りだすことで弾みがついたか、それ以後は手当たり次第目に付く作品を片っ端から読み倒していった──わけではないのです。むしろそこからしばらくの間、古典をベースにした小説、古典の作者の伝記小説を除けば、大衆小説としての歴史小説、時代小説を手にすることはありませんでした。
 今日につながる形でふたたびそのような小説を読むようになったのは、綺堂とおなじ図書館から借りた山本一力『蒼龍』(文春文庫)でした。莫大な借金を背負った夫婦が新年初荷の茶碗・湯呑みの絵柄の公募に応募し続ける話で、作者のデビュー作。作者自身、約2億円てふ莫大な借金を背負っていて、その返済手段に小説を選んで何度も何度も応募するも最終選考どまりであった、今度こそ、今度こそ、という執念が塗りこめられ、夢を託した情熱あふれる短編であります。
 どうして本作を知ったのか、残念ながら覚えておりません。が、べらんめえ口調の一人称に若干の馴染めなさを感じつつも宵闇迫る秋の夕暮れに一息に読んでしまった、あのときの胸が潰れるような思いだけはしっかり覚えている。プロの小説家になって自分のなかにたくさん溜まっている物語の欠片に形を与えて、どんどん世の中に出してゆきたい、そのための応募をずっと繰り返していた時期(=落選を繰り返していた時期)でありましたので、主人公へ過度の感情移入をしていたのですね。妻をはじめ取り巻く人物たちが皆、主人公に好意的であるのも良かった;この短編に悪意ある者の介入はNGですよ、単に浮きまくった腐敗物でしかない。
 そうですね、山本一力の小説はこのあと、直木賞受賞作の『あかね空』(文春文庫)『大川わたり』や『欅しぐれ』などやはり図書館から借りましたが、人気の作家らしく他の小説を借りようとしても返却待ちであったり他館の蔵書であったりで時間があいてしまい、熱がしぼんでいった。
 ──『蒼龍』以後この時分はむしろ、祖父が遺した山岡荘八『徳川家康』全26巻と『織田信長』全3巻、『新太平記』全3巻、海音寺潮五郎『天と地と』全3巻、吉川英治『三国志』全3巻を立て続けに読み通したことの方が印象深いですね。……なにしろ20代は忙と閑の落差が激しすぎる時期でありましたからね。時間はあるがお金はない。そんなときは家にこもって読書がいちばん、長い作品を読むには絶好の機会。まぁ並行してやはりこれも祖父が遺して自分でも不足を買い足していた河出書房グリーン版『世界文学全集』第1期+別巻を読んでいたのですから、当時の雑食ぶり・消化力の強さには顧みて羨ましいものがありますな。□

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