第3195日目 〈優れた歴史エッセイは小説以上に信を置いてよろしかろう。〉 [日々の思い・独り言]

 時代小説や歴史小説で歴史を学ぶことの危険性を佐藤優は訴える(『読書の技法』P116-120、P214-215 東洋経済 2012/08)。司馬遼太郎『坂の上の雲』に出る陸軍中佐、明石元二郎がレーニンと面識があったか否か、を俎上に上しての発言だ。実際のところ、その信憑性は非常に低く、それを踏まえて佐藤はこう指摘する。曰く、──
 「歴史小説は、どこまでが史実でどこからが脚色なのか、かなりの知識がないと判断できない。『日本人は司馬遼太郎で日本史を学んでいる』と言われることもあるが、それは極めて危険な状態である」(前掲書P215)
──と。
 然り、司馬遼太郎に限らずいつの時代を、どこの国/地域を取りあげた小説であっても、そこで書かれた歴史には小説家の私意が含まれているとも限らぬことに注意して、慎重に扱う必要があるだろう。では、小説家の書いた歴史エッセイは──?
 わたくしは却ってこちらには信を置いて良いように考えている。池波正太郎が書いた江戸時代の食事情、岡本綺堂や野村胡堂の残した江戸随筆、荷風や鷗外が著した史伝もの、勿論現代作家のエッセイも、歴史の息吹を感じるに格好の読み物、その世界を探る絶好の入門と思う。
 藤沢周平にも深川めぐり(「私の『深川絵図』」)や江戸の出版事情(「江戸の出版界」)を綴ったエッセイがあるけれど、読んでいてとても愉しい時間を過ごすとともに、これまでいまひとつ不明瞭であった部分が明らかになる喜びを感じられて、充実した一刻であった。──こうしたものを摘まみ読みしているから『無用の隠密』読了が遠のくのだが、気にしない、気にしない。
 前述した「私の『深川絵図』」はこれ1編を手にして界隈を散歩しても、じゅうぶんなガイドとなりうるであろう。一方、出版に関しては過去に自分も必要あって調べたり、否応なく知識として貯えなくてはならぬ点ではあったけれど、版元と各役所の間で行ったり来たりを繰り返す出版許可の流れは「江戸の出版界」ではっきり摑めた部分でもあった。
 また、藤沢には「鶴ヶ岡城」という長めのエッセイがある。時代のうねりのなかで城がどんな役割を果たし、そこにかかわる人々がどのように立ち回って生きていったか、わかりやすく書かれた好編といえるだろう。『無用の隠密』でも鶴ヶ岡城がまだ大宝寺城と名乗っていた頃を舞台にした短編があって、ちょうどそれを読んでいるときにこのエッセイを読んだものだから、小説への没入、のめり込み具合は一際他に優ったように思うている。
 どうして小説よりはエッセイの方が? 歴史小説/時代小説の作家の場合、ミステリ作家や純文学作家のそれらとは違ってエッセイは自ずと調査報告の趣を呈す場合が目立つ。小説を書くにあたって調べてきた事柄が時間を経るにつれて純化されてゆき、作家ならではの明瞭かつ平易な筆致で書き留められて、1編のエッセイとなって結晶化するのである。
 優れた歴史エッセイは小説以上に歴史の教科書、参考資料となり得る所以といえようか。
 逆説めくが、歴史小説/時代小説の作家の力量とは案外、小説それ自体よりもこうしたエッセイの方でこそ量られるのかもしれない。◆

 補記;「私の『深川絵図』」は『ふるさとへ廻る六郎は』(新潮文庫 1995/05)に、「江戸の出版界」と「鶴ヶ岡城」は『帰省』(文春文庫 2011/3)に、それぞれ収まる。□

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