第3529日目 〈秋の古本狂詩曲;徳富蘇峰『近世日本国民史』が届いた。〉 [日々の思い・独り言]

 スターバックスでコーヒーを飲みながら考えるのは、一昨日昨日と到着した古本のことである。
 奥方様から、本に関してはお小遣いの縛りから解放する旨あらかじめ宣告されているとはいえ、それでも調子に乗ることなく慎ましく、慎ましく、爪先に火を灯すように買うていたのだが、咨、今年の秋は無理だった! 春先から目を着けていたものがどんどん売れてゆくのを目の当たりにして、本命が誰かにかっさらわれる恐怖に焦りを感じて、遂に先月末の夜中、ポチリ、ポチリ、ポチリしてしまったのである──いつかわが手に買われるべき書物たちだったのだ、わたくしはたまたま此度それらをお迎えするに過ぎぬ、と心のなかで言い訳しながら。
 その結果が、一昨日昨日と五月雨式に到着した古本たちなのである。計126冊。内訳;山田朝一『荷風書誌』、池田彌三郎・岡野弘彦・加藤守雄・角川源義編『折口信夫対話』全3巻、旧約聖書翻訳委員会『旧約聖書』全15巻と新約聖書翻訳委員会『新約聖書』全5巻、最後のトドメに蘇峰徳富猪一郎『近世日本国民史』全102巻、以上。困ったことに、というか当然、というのか、購入と到着のラッシュはようやっと最終コーナーを回ったところなのだ……。
 幸いとこちらの休日にあわせて届いたので、ダンボール箱を廊下へ積み重ねて家人の通行の邪魔になることは避けられた。それにしても、いそいそと開梱して中身を取り出して1階と2階を、重い本を幾冊も抱えて何度も昇降する夫の姿を廊下の突き当たりから見つめる奥方様の眼差しときたら……! その瞳に宿った感情を推理するなんて、怖くて出来るものではなかった。抱っこされていた娘は父を見て、なにやら愉しそうではあったけれど。

 いちおうその日のうちに、全冊の状態確認とクリーニングは済ませた。うむ、全126冊に問題なし。いちばん古く刊行された蘇峰が最も状態は良く、経年劣化という程のものは見受けられない。これで総索引と付図も付いているなんて、幸運である。他の古書店ではこの付録2冊を欠いた状態で購入額よりも価格が高いのだから、幸運、と大仰に喚いても許されるだろう。
 反対に相応の経年劣化が認められたのは旧新約聖書の註解書だが、本体天と小口に、カバー裏に、大小の茶斑点が浮かんでいるのは致し方ないこと。ここにまで清潔さを求めるならば、新古書店でバラ売りされているものを買い集めるより他にない。というか、清潔さを求める時点で古本を買うのは(新古書店の売り物を含めて)どうなのか、とも思う。出版社のオンデマンド版を注文すればよろしい話だ。
 聖書については書込みやタバコ臭、濡れシワ破れと無縁であれば、それで合格点。タバコ臭以下はともかく、書込みについては今後、新たなる所有者であるわたくしが実施してゆくので、本よ、覚悟してくれ給へ。呵呵。

 そういえば意外だったのは、蘇峰の本が思ったよりもコンパクトであったことだ。なにとはなし菊版(縦220㎜×横150㎜)を想像していたが、実際には四六版(縦188㎜×横128㎜)だったのだ。戦前の全50巻版の判型がどうであったか知らないけれど、こちら戦後に再刊/刊行されて完結した時事通信社版は持ち運びが楽で、読むときは持ちやすく、活字の組み方も好ましい。試しに講談社学術文庫版の赤穂義士の巻を開いてみたが(第18巻「元禄時代中編義士篇」)、漢文が白文であることを除けばなんの労なく読み進めることができた。
 開国前夜のあたりから最終第100巻までは外来語も入ってくることから、時事通信社版では当て字の使われている箇所が片仮名になっていたり、或いは一部の漢字はひらかれていたり、と必要最低限の変更を文庫は加えているが、年表と人物概覧、索引が付されている点を挙げて元版と文庫版は「両者引き分け」という仕儀が最も相応しいか。年表と索引はともかく、人物概覧は頑張って付けてほしかった、と学術文庫編集部への嗟嘆であるが、それによって一巻のページは増え、定価上昇をも招くわけだから、省いたのは勇断かもしれませんね。
 夜更けまで興味のある巻をパラパラ目繰って目を通したが、「戦前と戦後間もなくから活躍を始めた歴史/時代小説作家たちって、絶対に『近世日本国民史』を座右に置いて執筆しているよなぁ」と、幾足りかの作家の顔を思い浮かべることしばしばであった。プロットの構築や人物造形、ちょっとしたエピソードの描き方が、時にここで紹介された史資料や蘇峰の叙述を彷彿とさせるんだよ。その実際はともかく、佐藤順太が教え子渡部昇一に洩らした、「物を書く人はたいてい(『近世日本国民史』を)使っているに決まっている」は事実の一端を突いていると思う。
 さて、──2階の廊下の端っこに積んで新たな山脈を築いた(いったいどこに仕舞おうからしら? 本棚、買う? 作る?)、全100巻付録2巻より成る『近世日本国民史』のことは、その書誌的なところも含めて後日の話題に温存しよう。◆

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