第3533日目 〈秋の古本狂詩曲[終];『丸山薫詩集』の入手、そうして更なる──。〉 [日々の思い・独り言]

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 今日もやっぱり長くなる。
 長いものはアクセス数が劇的に落ちる傾向あるこの4カ月であるが、どうやら読者層の変化が7月中旬から生じていると思しい。が、アクセス数稼ぎでエッセイなど書いたり、ブログを続けているわけではないから、そんな現実には目もくれずにこれからも、書きたいことを、書きたいように書いてゆくことにした。
 今日もやっぱり長くなる。読む人も減少する。そんなことは気にしない。定家卿の言葉である。「世上乱逆追悼耳に満と雖も之を注さず。紅旗征絨は吾が事に非ず」

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 5回目の今日で「秋の古本狂詩曲」は終わりにする”つもり”。神田古本まつりの開催にあわせて購入ボタンをクリックしまくって注文した古本が、2冊を除いて概ね手元に届いたからである。
 ならば書くべきはむしろこれからではないか、と思うが、明日からチトそうもゆかなくなるのでね、終わりと銘打ってみたのだ。S1最終エピソード? ああ、それも良いかもな。

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 昨日の『素敵な活字中毒者』で野呂邦暢「本盗人」に数行触れた。三好達治の『測量船』を購う労務者が登場した。これに触発されて新潮文庫の『三好達治詩集』を購入して愛読し、併せてヘッセとボードレールの3人に導かれて今日まで細く、すっごく細く、しぶとく長く続いている詩への惜愛の端緒となったてふことはたぶんいま初めて話すことだ。
 三好達治とヘッセとボードレール? この3人にいったいどんな共通項が? 3人が3人とも特定の傾向の詩を物したわけでもないしね。強いていうなら、パッ、と開いたページにわたくし好みの詩があったのだ。それだけのこと。和歌(短歌)と漢詩(唐宋日)へ何年後かに深く淫して鍾愛するのみならず実作にまで手を出すようになるのも至極道理である。it’s a simple as that.

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 今日に至るまで詩を読んできて、とても好きな詩人が幾人もできた。そのなかで一頭地を抜くのが、丸山薫である。三好達治と堀辰雄と語らい雑誌『四季』を創刊し、中原中也や萩原朔太郎、立原道造、津原信夫らと親を結び、「汽車に乗つて/あいるらんどのやうな田舎へ行かう」で始まる詩「汽車に乗つて」が知られる人だ。
 新刊書店でこの人の詩集を買うのは難しい。他の誰かとのカップリングであったり、アンソロジーのなかでなら出会いの機会もあるけれど、単独の詩集となると──。
 勢い、この人の作品を読もうとすると、古書店を頼らねばならぬ。そうすると、雑誌から詩集、序文を寄せた本、全集他に至るまでずいぶんとたくさんの書物が現れることに唖然とし、うれしい悲鳴をあげることになる(個人差があります)。
 先日までわたくしが架蔵する丸山薫の詩集は、新潮社の日本詩人全集第28巻、『伊東静夫・立原道造・丸山薫』(1968/01)のみで、いつであったか、市中央か鶴見の図書館で見掛けた単独名義の詩選集、詩人歿後となる思潮社の現代詩文庫第Ⅱ期1036『丸山薫詩集』(1989/02)は余程縁が無いのか運が悪いのか、巡りあう機会は一度もなかった。初版本や旧新全集よりも先に思潮社版詩集を求める気持ちが強かったのは、偏に学生時分から続く現代詩文庫への愛着と信頼ゆえだ。詩のみならず小説やエッセイ、評論までが、諸家評といっしょにあまり厚くない1冊に収められているのもポイントだった。
 なぜかこの現代詩文庫に入る『丸山薫詩集』って古書価がけっして安くはないんだよな。総頁160ページ、当時の定価800円のが3,000円以下で売られている場面に出喰わしたことなんて、ただの一度もないもの。貧書生ゆえにお金ができても優先順位に従って本(古本)を購入していたから、なかなかおいそれと手を出すこと能わぬまま今日まで過ごした、というが限りなく実情に近い。
 にもかかわらず。先日の某古書店サイトを眺めていて見附けた売価4,800円の思潮社版『丸山薫詩集』を、わたくしは購ったのだ。勿論送料は別である。夜、時は丑三つ時──いちばん買い物をしてはならぬ時間帯である。刹那の後悔は期待と歓喜に塗り潰され……斯くして3日後、ぶじに『丸山薫詩集』は手許にやって来た。
 詩人生前に──69歳の年に──刊行された日本詩人全集には収録されていない詩や散文を読むのが、愉しい。ざっと目次を検めてみると、重複は半分前後というところか。処女地を踏破するような高揚感は最早感ぜられぬが淋しいとはいえ、日本詩人全集第28巻を最後に読んだのはもう2年近く前である。此度の思潮社版詩集は、重複した詩についてはその印象、多少なりと色褪せていても、同じくらい初めて読む作品が並ぶとあっては新鮮な気持ちを保つことができるのだ。
 『物象詩集』は丸山の第5詩集、河出書房から昭和16(1941)年02月に刊行された。思潮社版詩集にここからセレクトされたのは、11篇。こちらにのみ収まる作品のなかに、「自在なランプ」という散文詩があって、本書到着の夕刻ざっと目を通していて、ページを繰る指、活字を追う目がぴたり、と止まったのが、この「自在なランプ」であった。それは非道くわたくしの心を惹きつけた。

 ──少年の頃、私はしばしば水夫にならうと夢想した。
 爾来(このかた)幾年。人の世の風は生活の帆に吹き吹いて──しかも私の肋骨に回転(まは)るランプは、いまもなほ寂かな詩の灯を倒さずにゐる。
(『丸山薫詩集』P54)


 この一連が殊わたくしの心を奪ってゆく。感覚的に、咨、と詠嘆して共感することができる。「私の肋骨に回転るランプは」少年から大人になって世間を知り、社会システムに組みこまれ、そうして生活の営みを重ねるにつれて、だんだんと少年時代の夢想は後退していったけれど、詩心だけは──「いまもなほ寂かな詩の灯を倒さずにゐる」のだ。詩人の真情吐露、一種の宣言というて良い好篇だ。
 むろん、他にも惹かれ、魅せられた詩篇は幾つもあった。『物象詩集』から先の「自在なランプ」の他に「古い詩集」(P50)、『北国』から「独居」(P68)、『花の芯』から「灰燼」(P79)と「狼群」(P79-80)、『月渡る』から「S船長──旅のアルバムから──」(P89-91)、〈未完詩集〉から「十三年の話」(P97-99)、という風に。『幼年』に収まる例の詩、「汽車に乗つて」(P41-42)も忘れてはいない。
 己の好みでいえば、丸山薫は昭和16年以後の詩風に感ずるところ大である。詩人若かりし頃の、自由奔放で陰の少ない、ロマンティックとメルヘンが独特の風味を利かせていた詩も魅力的だが、『北国』(昭和16年)や『花の芯』(昭和23年)以後のエレジーとノスタルジーが忍びこんで陰翳のくっきりするようになった詩の方に、無性に惹かれて、ただならぬ愛着を抱くのだ。
 小説やエッセイなど収まるのが思潮社版『丸山薫詩集』の特徴だが、こちらにも小説「夢の話」やエッセイ「詩の生活」など一読、脳天をハンマーで叩かれたような衝撃を受けて、思わずノートへ書き写してしまった作品もあった。要するに、一読相当なお気に入りになったのだ。
 この人の散文をもっと読みたいなぁ、──

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 ──と思ったからではないけれど、遂にわたくしは『丸山薫全集』へ手を出した。
 古書店のサイトを何気なしに眺めていたら、全5巻よりなる全集が揃で、帯も月報も完備した状態で売価は5,000円前後である。しかも何軒もの古書店が似たり寄ったりの価格で。
 ──数分の比較検討の時間を経て、おもむろに購入ボタンをクリック。時間は、──おお、此度も丑三つ時!!
 わたくしはもうすこし冷静になるべきだった。そうすれば『丸山薫全集』には21世紀になって新しく出た、全6巻のヴァージョンがあることを思い出せたはずだから。サイトの同じページの、ちょと上の方にそれが全6巻揃で売られているのが目に付いたはずだから(値段は25,000円を超えていたけれど)。
 わたくしが購ったのは旧版である。新版が出たから旧版は一気に値崩れを起こしたのだ。まァ過去に全集が出た程の人なら誰であれ、研究が進み新発見の作品や原稿など出てくれば遅かれ早かれ新しい版の全集が出ることは否めぬ事実だろう。それを「宿命」ともいう。
 が、しかし、モナミ、わたくしは旧版を殆ど衝動買いしたことに後悔していない。旧版には旧版の良さがある。旧版に付された月報や解説は、旧版でしか読めぬのだ(たぶん)。加えて旧版を新編集・増補された新版と引き比べてみたとき、思いがけぬ発見だってあるやもしれぬではないか。未練がましく、負け惜しみをいうのではない。ただの夢想である。
 というのも、本稿を書く手を休めてそれなりに悩んだ末、新しい『丸山薫全集』の購入ボタンを押下、注文手続きを完了させてしまったのだ。最早、嗟嘆する程の溜め息も、ない。

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 最後に、わが身に染みついて治癒難しかろう収集癖と散財癖、強き物欲所有欲、その他諸々をわずかなりと調伏できたら、という思いをこめて、鹿島茂の著書から以下の一節を引く。曰く、──

 (告白療法とは)いかにして自分が依存症に陥ったのか、その過程を客観的に自分で分析してそれを医者や他の患者の前で告白することにより、逆に治癒への意志を強めるというものである。
 ならば、いっそ、この場を借りて、私もひとつこの告白療法とやらをやってみるのはどうだろうか。なぜなら、財政的にはもう一冊も買えないどころか、すべての本を売り払いでもしないかぎり現在の借金地獄から抜け出せそうもないことがわかっている状態なのに、フランスから古書店のカタログが届くと、すぐに手が条件反射的に動いてファックスのボタンを押そうとするほど症状が悪化しているのだから。
(鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい 新・増補新版』P9 青土社 2019/07)

──と。
 咨!!!◆

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