第3648日目 〈わたしの人生を決めた本──『文藝春秋』2023年5月号特集に倣う。〉 [日々の思い・独り言]

 本のない生活は想像できぬ。本を読まない生活は想像できぬ。──いったいどうして、こんなわたくしが作られたか。
 『文藝春秋』2023年5月号の特集は「私の人生を決めた本」だった。「読書家81人による史上最強のブックガイド」と銘打ち、池上彰や鈴木敏夫、矢部太郎、スピードワゴン小沢らが思い思いに、これまでの人生で出会い、その後の自分に影響を与えた、自分を変えた本を、語っている。たとえば、第二次岸田改造内閣で外務大臣を務める林芳正は、安岡正篤『百朝集』を挙げる。Aマッソ加納愛子は司馬遼太郎『龍馬がゆく』、宮崎美子はウィリアム・サロイヤン『人間喜劇』、角川春樹はナポレオン・ヒル『巨富を築く13の条件』を……と続いてゆく。
 翻って──僭越ながら筆者がいちばん勝手のわかっている某人物の場合は、といえば……
 人生を決めた本、なんてそうザラにあるものではない。某はそう語る。
 中高生の頃に読んだ本はどんなものでも(良きにつけ悪しきにつけ)血となり肉となり、今日でもふとした折に読んだり思い出すこともあるけれど、ではそのなかに果たして、人生を決めた本、っていうものがあったかどうか。
 両腕を組んで小首を傾げて「ふむ……」と思い出そうとしても、読書家81人が熱弁する如く強い思い入れを抱く本があったのか、人生の節目に出喰わして決定的な影響を被ったような本と出会っていたか、すこぶる疑問だ。
 「私の人生を決めた本」なんてあったっけ。あるとすればどの本がそれに該当するかな。半月ばかり、考えた。時に書架を眺めて、ダンボール箱を引っ繰り返して、考えてみた。
 結局のところ、これまでも本ブログで(何度となく)触れたことのある、10代20代の頃に読んだ本なんだよな、それって。
 筆頭は渡部昇一『続 知的生活の方法』だろう。『発想法』や『国語のイデオロギー』もそうだ。生田耕作『黒い文学館』と『紙魚巷談』、平井呈一『小泉八雲入門』と(30代になってすぐに出版された)『真夜中の檻』も逸することができない。
 小説となれば枚挙に暇がない。赤川次郎、久美沙織、氷室冴子、新井素子、辻真先。スティーヴン・キング、クライヴ・バーカー、H.P.ラヴクラフト、アーサー・マッケン、エミリ・ブロンテ、ゲーテ、ヘッセ。勿論、その他諸々。
 とはいえ、今更かれらの作品を、「私の人生を決めた本」と決めつけてしまうのは、疑問符を付けざるを得ない。
 ……そこで、記憶の根本まで潜ってみることにした。上に挙げた以外の人物による本があるかもしれない。そんな期待をかすかに抱いてのことだった、のだけれども……
 実は考えてみるまでもなかった。無意識に、上に挙げなかった書き手がいたことを、書名を挙げなかった本のあることを、思い出したからだ。つまり、──
 わたくしはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズによってミステリに、イギリスという国に魅了されたのだ──それは母方の祖父から贈られた『緋色の研究』で始まった。
 わたくしは和歌森太郎:考証・解説『学習漫画 日本の歴史』と樋口清之監修『日本の歴史を動かした人びと』によって歴史に関心を持つようになったのだ。
 わたくしは幼稚園の頃両親が毎夜読んでくれた『ママお話きかせて』で〈おはなし〉の愉しさを知り、この世界に物語なるものが星の数程もあると知り、一方で本を読む歓びを覚えたのだ。
 わたくしはドイル同様母方の祖父から贈られた北村泰一『カラフト犬物語』によって南極に憧れ、高校に進学すると極地や秘境探検物を好んで読むようになったのだ。
 わたくしは兄が持っていたゲルハルト・アイク『中世騎士物語』によって、世界の伝説に惹かれるようになったのだ。
 わたくしは旧ソ連のSF小説作家アレクサンドル・ベリャーエフ『宇宙たんけん隊』によって宇宙に憧れ、そこを舞台とした物語に心躍らせるようになったのだ。これも兄が読んでいた1冊だ。
 どれもこれも、幼稚園から小学校卒業までわたくしの周囲にあって、飽きることなく読み返してきた本だ。そうしてこれらいずれも歳月を経て、災禍を乗り越え、幾度もの蔵書処分をまぬがれて、現在も書架やダンボール箱のなかにある。うち刊年の最も新しい本でも既に35年以上が経過していることは、わたくしの年齢を考えれば敢えて申しあげるまでもない。……やれやれ。
 今後も大なり小なり影響を被る本と出会うだろうが、そのうちのどれも、人生を決めた本、にはならない。当たり前の話だ。
 けれども──行き当たりばったりで、特に「これ!」と一点執着することもなく雑多に読み漁ってきただけの本好き、趣味:読書の男であっても、すこしく記憶を探って「人生を決めた本」を探し当てられる(それも、幾つも!!)幸せは噛みしめられるのである。◆

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