第0144日目 〈申命記第11章:〈主の御業〉&〈祝福と呪い〉〉 [申命記]

 申命記第11章に入ります。

 申11:1-12〈主の御業〉
 エジプトや荒れ野で主が行った御業を、放浪のイスラエルはつぶさに目撃してきた。
 民は主の戒め、言葉と掟と法をとく守り、暮らしなさい。そうすれば、やがて得るだろうカナンの地で長く生きることができるだろうから。
 「あなたたちは、あなたたちの神、主の訓練を知ることも見ることもない子孫とは違うことを、今日知らねばならない。」(申11:2)
 カナンはエジプトと異なり、潤いと肥沃に恵まれた土地である。
 ※エジプトの国を襲った災いと脱出(出7:8-出14)、ダタンとアビラムを見舞った災い(民16)を引き合いに出されています。

 申11:13-32〈祝福と呪い〉
 民が主に従い使えるならば、雨を降らせ穀物を実らせ、大地に恵みを与えよう。民の子孫は天地の寿命が尽きるその日まで命脈を保つ。主に従うならば民は向かうところ敵なく、カナンはもちろん、その周辺諸国までことごとく占領し、民のものとなる。
 しかし、民が主から心を離して信心を他へ向けたらば、「主の怒りがあなたたちに向かって燃え上がり、天を閉ざされるであろう。雨は降らず、大地は実りをもたらさず、あなたたちは主が与えられる良い土地から直ちに滅び去る。」(申11:17)
 主はモーセを通じて、いった。━━民よ、わたしの言葉と掟と法と戒めを忠実に守りなさい。

 「見よ、わたしは今日、あなたたちの前に祝福と呪いを置く。あなたたちは、今日、わたしが命じるあなたたちの神、主の戒めに聞き従うならば祝福を、もし、あなたたちの神、主の戒めに聞き従わず、今日、わたしが命じる道をそれて、あなたたちとは無縁であった他の神々に従うならば、呪いを受ける。」(申11:26-28)

 主が率いる民こそ真のイスラエルの民。子孫の受ける恵みよりも多くを享受し、幾多の困難をくぐり抜けた民。
 それ故にこそ、主から心を離したときは、〈滅亡〉という最も過酷な呪いが待ち受けていることも覚悟せよ。
 そんな厳しさと緊張感に満ちた章です。



 出掛ける(≠散歩する)。一歩一歩するたび、心に浮かぶよしなし事を御すこともせず、弄ぶ。
 黒い妄想から桃色の妄想まで、たっぷりと。散歩中のおいらの頭のなかは、暗黒世界の犯罪からお気楽度120%のお花畑まで、多種多彩。
 名附けて、“that`s 妄想パラダイス”。別名“気まぐれ妄想映画館”。
 それが桃色に至ったとき、……思わず赤面。むずかゆくなって、なぜかタップを踏む。
 そのとき、おいらの脇を、ものすごいスピードで自転車が通過していった。どんだけ逃げたってごまかしたって、CSIはだませないんだぜ(まだ妄想進行中)。

 キング『ビュイック8』を読了。どっちつかずの、中途半端な作品、と思う。感想は別にあるが、評価はそんなところ。
 『ローズ・マダー』と『ジェラルドのゲーム』程ひどくはないが、欠伸をかみ殺し、早く終わらないかな、と考えたことがあるのは事実。◆

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