第0627日目 〈ヨブ記第6章:〈ヨブと三人の友の議論 一〉3/11〉 [ヨブ記]
ヨブ記第6章です。
ヨブ6:1-30〈ヨブと三人の友の議論 一〉3/11
エリファズにヨブはいった、━━
いまや私は神が敷いた脅迫の陣に在る。神からの責め苦に、私はどれだけ耐え忍ばねばならぬのか。忍耐したからとて、どんな終焉が私を待つというのか。
遠方より来たるわが3人の友よ、君らのヨブが間違っているなら過ちを正してくれ。
君たちの議論はなんのための議論なのか? 君たちにとって、絶望した者の言葉は風に等しいのか? 教えてほしい、友らよ。
「だが今は、どうかわたしに顔を向けてくれ。/その顔に、偽りは言わない。/(中略)わたしの舌に不正があろうか/私の口は滅ぼす者を/わきまえていないだろうか。」(ヨブ6:28,30)
絶望した者の言葉は、そうでない者にとってどれだけの意味合いがあるのか? これは、21世紀の現代に生きる我らも真摯に考えるべきでありましょう。
理不尽な暴力に曝されている人がいます。自分の力ではどうしようもない暴力に曝されて、生きる希望を見出せなくなってしまっている人がいます。ヨブの悩みは、ヨブの嘆きは、ヨブの恨みは、時空を超えたいまの我らの身の上に、重くのしかかってきています。
「絶望している者にこそ/友は忠実であるべきだ。」(ヨブ6:14)
この言葉が胸の奥に痛烈に響いてくる人は、果たしてどれだけいるのでしょう?
最近、星が見えなくて淋しい。海の音もしばらく聞いていない。
このままでは、おいら、一種のホームシックにかかっちゃうよ。
伊豆へ行って(戻って?)、そのまま富士山まで足を伸ばそうか。
リフレッシュした状態で、再び下界へ降って仕事に精を出そう。◆
ヨブ6:1-30〈ヨブと三人の友の議論 一〉3/11
エリファズにヨブはいった、━━
いまや私は神が敷いた脅迫の陣に在る。神からの責め苦に、私はどれだけ耐え忍ばねばならぬのか。忍耐したからとて、どんな終焉が私を待つというのか。
遠方より来たるわが3人の友よ、君らのヨブが間違っているなら過ちを正してくれ。
君たちの議論はなんのための議論なのか? 君たちにとって、絶望した者の言葉は風に等しいのか? 教えてほしい、友らよ。
「だが今は、どうかわたしに顔を向けてくれ。/その顔に、偽りは言わない。/(中略)わたしの舌に不正があろうか/私の口は滅ぼす者を/わきまえていないだろうか。」(ヨブ6:28,30)
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絶望した者の言葉は、そうでない者にとってどれだけの意味合いがあるのか? これは、21世紀の現代に生きる我らも真摯に考えるべきでありましょう。
理不尽な暴力に曝されている人がいます。自分の力ではどうしようもない暴力に曝されて、生きる希望を見出せなくなってしまっている人がいます。ヨブの悩みは、ヨブの嘆きは、ヨブの恨みは、時空を超えたいまの我らの身の上に、重くのしかかってきています。
「絶望している者にこそ/友は忠実であるべきだ。」(ヨブ6:14)
この言葉が胸の奥に痛烈に響いてくる人は、果たしてどれだけいるのでしょう?
最近、星が見えなくて淋しい。海の音もしばらく聞いていない。
このままでは、おいら、一種のホームシックにかかっちゃうよ。
伊豆へ行って(戻って?)、そのまま富士山まで足を伸ばそうか。
リフレッシュした状態で、再び下界へ降って仕事に精を出そう。◆
タグ:旧約聖書 ヨブ記