第0779日目 〈詩編第086篇:〈主よ、わたしに耳を傾け、答えてください。〉withジャズ再入門。〉 [詩編]

 詩編第86篇です。

 詩86:1-17〈主よ、わたしに耳を傾け、答えてください。〉
 題詞は「祈り。ダビデの詩。」

 変則的に挿入されたダビデ詩篇である。なぜここに置かれたのか、事情は知らない。
 奈落へ落としこまれた神の徒が希望を望み、正義が果たされることを願っている。静かで切々とした調子(トーン)が胸の内奥にまで響いてくる詩なのだけれども、根底にあるのは今日のわれらが想像するよりもはるかに強靱な神なる主への信頼だ。
 神に依り頼むまことの心を持つ者のみが主の憐れみと救いを得ることが出来る、そんな考え方は普通の日本人━━というのは、神道の国に住む仏教徒で、生活や思考が宗教なるものと直結しない極めて平均的な日本人(例えばわたくしさんさんかである)のことをいうているのだが━━にはちょっと意外で俄に信じ難く受け容れ難いのであるが、却ってそんな信じる神を自分の内に持ち、依り頼む杖があるのは、なんだか新鮮で、幾許かの羨望を感じるのも事実なのだ。
 ━━大雑把ながら、詩86を読んでわたくしが思うのは、そんなことなのである。

 「主よ、あなたの道をお教えください。/わたしはあなたのまことの中を歩みます。/御名を畏れ敬うことができるように/一筋の心をわたしにお与えください。」(詩86:11)



 倉庫で一人、残業している夜に聴いたヘレン・メリルやメル・トーメの歌声は忘れられそうにない。天井が異様に高かったせいもあるが、その声の浮遊感をどう喩えればよいか、よくわからぬ。その当時買って聴いていたのはデイヴ・ブルーベック、ウェイン・ショーターとアール・クルー、前世紀から引き続いてビル・エヴァンスであった。どんな嗜好か、と訊かれても困る。聴きたいものを乱脈に聴いていただけだ。出逢いよりも前のことだ
 数年に一度、割と定期的な感覚で無性にジャズを聴きたくなるときがある(ときどき思い切りベタなアイドルJ-POPに浸かりたくなるのと同じだ)。周囲はジャズにあふれている。生まれ育ったこの小さな港町ではジャズは別格の音楽だ。単なるBGMとかメイク・ミュージックなんかでない、誇りと矜持に裏打ちされた<われらの音楽>的な意識が、この町には息吹いていたように思う━━とは流石に言い過ぎか。ともあれ、周囲には様々な種類のジャズが流れ、結び得た大切な人間関係にもジャズはキー・ワードのように見え隠れしていた。だのにわたくしがジャズへ親近することはなかなかなかった。巷間よくいわれる敷居の高さ、入り口の不明、どうしようもない偏見に邪魔されたのだ(でも、それをいうならクラシック音楽だって同様ですよね)。それでいて数年に一度ながら無性にジャズを聴きたくなるのは、長く耳に馴染んでいたり小説や映画の中でひどく心惹かれる曲があるからで、また、いまはもう閉店したジャズ喫茶で聴いた曲、そこのカウンターに置かれたジャケットだけが記憶に残る盤を聴き直したいからだ。
 ━━と書いているいま、BOSEのスピーカーから流れているのはマイルス・デイヴィスの「ソー・ホワット」である。昨夜某大手レンタル店で借りたCDの一枚だが、これを聴いてみようと思うたのは、村上春樹と和田誠の『ポートレート・イン・ジャズ』(新潮文庫)がきっかけだった。或る晩入ったバーでリクエストを訊かれた村上春樹が何気なく求めたアルバム『フォア&モア』(SONY SICP823)の2曲目、「ウォーキン」に感じ入った、という内容であった、と記憶するが、妙にそれが一つの情景として完璧に脳裏へ描かれ、頭から離れることがなかった。数日後に件の店でこのアルバムを借りたのは、そんな由来からである。併せて借りてきたのは、同じマイルスの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』(SONY SICP822)とサラ・ヴォーンの『ラヴァーズ・コンチェルト/ポップス・オン・サラ・ヴォーン』(MERCURY PHCY-3013)だ。━━ん、いまその「ウォーキン」になった。そうか、このアグレッシヴな演奏に若かりしハルキ・ムラカミ氏は感じ入ったのか……。
 さて、話を元に戻すが、ジャズは実はすぐそばで門外漢を迎え入れる準備をしてくれていた。ただこちらがそれに気附いていなかっただけらしい。きっかけは一冊の本、一本の映画、一つの楽器、茫漠とした記憶の残滓、自分を誘う一人の人物。あとはそこから一歩を踏み出す勇気と好奇心だ。好みのままに聴き進めてゆくのも思わぬ楽しみがあってスリリングかもしれぬが、わたくしの場合を申せばちょっとばかりそれは失敗だった。だから、ジャズ好きの作家と友人を再び頼ることにした。いわば、ジャズ再入門のとば口にいま三度(みたび)立ったところである。なんだか今度は失敗しないような気がする。この再入門を果たしてこれから様々なアーティストの音楽を聴いてゆくことになるだろう━━とても気が遠くなるようなスロー・ペースで。
 これから先、ここや、ここ以外の場所でジャズの話題も出るだろう。そのときは「お、相変わらず聴いておるな」と微笑してお付き合い願いたい。頼む、読者諸兄よ、あなたが頼みだ。ありがとう。◆

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