第0875日目 〈箴言第4章:〈父の諭し(五)〉with止まらない、……が。〉 [箴言]

 箴言第4章です。

 箴4:1-27〈父の諭し(五)〉
 私の言葉は人生をしあわせに、憂いもなく暮らし、長生きして天寿を全うできる助けとなる言葉。ゆえに耳を傾けよ。私も私の父から言い聞かされてきたのだ、自分の与える言葉を忘れるな、知恵の初めとして知恵を獲得し、その知恵を捨てず分別を大切にせよ、と。
 知恵を備え、分別を保ち、誠を知るなら、あなたが正しい道から外れることはない。歩みはたじろぐことも躊躇うこともなく、躓いて転ぶこともないだろう。「諭しをとらえて放してはならない。/それを守れ、それはあなたの命だ。」(箴4:13)
 神に逆らう者、悪事を働く者の道は歩かず、避けて通れ。奴らは悪事を働かずには夜も寝られず、よろしくないパンを食べ、よろしくない酒を呑む。

 「わが子よ、わたしの言葉に耳を傾けよ。/わたしの言うことに耳を向けよ。/見失うことなく、心に納めて守れ。/それらに到達する者にとって、それは命となり/全身を健康にする。/何を守るよりも、自分の心を守れ。/そこに命の源がある。/曲がった言葉をあなたの口から退け/ひねくれた言葉を唇から遠ざけよ。/目をまっすぐ前に注げ。/あなたに対しているものに/まなざしを正しく向けよ。/どう足を進めるかをよく計るなら/あなたの道は常に確かなものとなろう。/右にも左にも偏ってはならない。/悪から足を退けよ。」(箴4:20-27)

 ○読んで、「なんだか、いいな」と思わせられる章でした。
 なぜだかこの章を読み進み、読み返し、読み終えてノートを取るまでの間、引用した箴4:20-27の箇所を中心に、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を思い起こしていました。冒頭の一節、あの有名な語り━━ニックの父が、まだ年若く傷つきやすくもあった時分のニックに語ったというあの言葉に通ずるものがあるような気がしたからです。あれはとても短い一節でしたが、そこに内包された様々な意味や感情など考えてゆくと、箴4:20-27の言葉のようになるのではないか、と思うたのであります。
 教えて導いてくれる人、自分を律してくれる人がそばにいる人は、とてもしあわせだと思います。わたくしの場合、それは父であり祖父であり叔父であり、先輩であり友であり同じ釜の飯を食った仲間でした。いまは会うこともそれ程ない人々ですし、なかには生きて会うことのできぬ人もいますけれど、彼らと出会えて親しうさせてもらえたことに、心より感謝しております(この人たちと出会わなかったら、いま頃わたくしはどうなっていただろう。壁のなかや道の上で生活していたかもしれないよなぁ……)。
 箴4を読んで、そんな人々のこと、彼らとの思い出が、ふと、とりとめもなく記憶から甦ったのでした。



 止まらない、大好きって感情が。止まらない、キングの小説が。ところで、『悪霊』はいつから?◆

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