第0897日目 〈ヒズ・ラスト・テスタメント〉 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 3月11日の夜、この道には人があふれていた。国道脇の歩道、ふだんは自分以外歩く者とて多くはない歩道に、あの晩は家路を一刻も早くと急ぐ人々が、ほぼ無言で足を前に振り出して進んでいた。あの光景は記憶から薄れない。異様であった、本来なら無いに越したことはない、異様な、しかしそこに確固として存在する現実の光景。
 いまこうして夜中の散歩をしていてあの日の記憶を呼び起こしていた。不埒な話であるやもしれぬが、あの震災に材を取った小説を書こうと思うている。被災地を巡る話ではなく、謂わば余波を被った人々の話。震災を外縁からしか書くことが、わたくしには出来ない。それ以上のことは手に余る。むろん、書くのがわたくしである以上、リアリティー小説になるはずがない。
 さて、斯様な枕はここまでとして。

 色褪せない思い出というのが、たしかにある。わたくしにとって、……あなたと過ごしたわずかな時間、場所とは、そうした思い出である。それをたいせつにして、生きてゆく。忘れはしない。
 婚約者を亡くして20年目、2008年春にわたくしはあなたと出逢った。さびしくて、むなしい20年だった。いつも満たされぬなにかを抱えていた。このまま一人で、死ぬときまで生きるのかもしれない。
 そんな矢先に出逢ったあなたが一際まぶしく、なにか特別な重みを持って存在するようになった。仕方がない。気持ち悪いと彼女には思われる、ますます嫌われてゆくのだろうが、そう思ってしまったのだから仕方がない。すまなかった。
 いま、一人で旅立とうとしている人がいる。だから、誰かが一緒に歩いてあげなくてはならない。どれだけつらい結果を招こうとも、世界に背を向けて生きることになろうとも、一緒に歩く相手が隣にいて、信じてついてゆける人なら、それで良い。そんな誰かがいてくれたなら、心にぽっかり空いた穴を抱えながら生きてゆくのも、少しは楽になっただろう。
 でも、それでも変わらないのはあなたへの想い。悠久の希望が与えられる、と信じている。これがすべての最後である、という願いも。◆

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