第0944日目 〈原田マホ『キネマの神様』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 すべての予定を変更して、今日はこれを書くことにします。━━原田マホ『キネマの神様』(文春文庫)を読みました。昨日書いたウッドハウスと一緒に買ってきた一冊。ほんの少し、ページをぱらぱらめくる程度で今日は済まそうと思っていたのに、一旦読み始めたらページを繰る手が止まらないでどんどん進み、いつの間にやら物語の世界に没入していた……夕飯に呼ばれていたのも気が付かないぐらいに!
 まず、粗筋です━━円山歩(あゆみ);39歳、元大手ディベロッパー勤務/現在無職の女性、書いた映画評論が父によってネットで公開される。しかし、それが転機となった。老舗映画雑誌の編集者の目に留まり、それが縁となって編集部への再就職が決まったのだ。雑誌のwebサイトでは歩の父が<ゴウ>なるHNで映画評論を書き始めるが、サイト英語版の開設直後から<ローズ・バッド>と名乗る人物が<ゴウ>に挑戦するかの書き込みをするようになる。やがて、両者の嘘偽りない映画への愛に裏打ちされたやり取りがサイトの目玉となり、<ローズ・バッド>の正体とも相俟って思わぬ注目を浴びるようになった。いよいよ<ゴウ>と<ローズ・バッド>が会う段取りになるが、その矢先に或る知らせが、歩や父の許に届けられる……。
 これ以上は書かぬが礼儀というものでしょう。いや、それにしてもぼくはこうした内容紹介が下手ですね。
 いちおう主人公は歩さんですが、実際は父である<ゴウ>さんであり、また<ローズバッド>氏でもある。でも、真の主人公は別にいる。既に本ブログで取り挙げる前からこの小説を読んでいた方ならご存知でしょうが、真の主人公は劇中数々語られる<映画>それ自身に他なりません。なかでも通奏低音ともなっているのが『ニュー・シネマ・パラダイス』。多くの映画評論がこの映画について語り、星の数程の映画ファンがこの映画への愛を発信してきましたが、『キネマの神様』もその一つというてよいでしょう。これは、人生への、映画への、ちっぽけだけどささやかな幸せに彩られた<愛>の小説です。
 この長編小説には愛が詰まっている。映画への愛、家族への愛、友への愛。いろんな、有形無形の、<愛>が、ここにはたくさん詰まっている。これを読んで、ほろり、とした━━ううん、こんな表現じゃ全然駄目だ。強いていうなら……生きててよかった! しみじみとそれを、心の底から実感させてくれる。そんな小説といったい生涯に何度出会えるだろう?
 映画が好きな人にはぜひ読んでほしい。なによりも、ロードショー公開作品ぐらいしか観なくってミニシアターで上映されるような作品にはあまり足を向けない映画好きや、鑑賞は専らDVDで済ませて劇場へは足を運ぶことも稀なお手軽派映画好きには。もちろん、ロードショーもミニシアターも、いまは姿を消した名画座も大好きな、おおよそ完治不能のシネフィルにも。いまのぼくには、是非の一読を奨めたいと願う人が3人いる。
 大地の上に足をつけて生きる他に、自分にしかできないことがある。それを、いまからでもやろうと思う。自惚れだけれど幸いなことに、いちおう、文章を書く能力を授けられ、それを濫費して好き放題に文書を書いているぼく。書くという行為には喜びも苦しみもある。でも、そのすべてに得も言われぬ<法悦(エクスタシー)>がある。そんなオーガズムにも似た痙攣的快楽を何度でも味わいたいから文章を書いている、というのは本音のごく一部だが、自分が書いたものを誰かが読んでくれて有言無言の励ましを送ってくれる、というのは頗る気持ちのよいことだ。少なくともぼくは楽天家で自分本位のポジティヴ・シンキングの持ち主だから、勝手に、小説を読んでくれた人が贈ってくれる酷評や讃辞(滅多にないけれど)の言葉や、ブログのアクセス数を、励ましと素直に受け取り、好意的に解釈している。でも、悪いことじゃないよね?
 それはさておき、『キネマの神様』は心をほっこりさせてくれると共に映画への愛をも育ててくれる小説です。なんだかすべてが愛おしい━━そう感じさせてくれる小説です。これを読んだあと、作中で触れられた映画(いま数えてみたら50本近くあった。正確な数字は最早忘却の彼方である)を片っ端から、既に観た作品もまだ観ていない作品も引っくるめて鑑賞してゆこう、と企んだ映画ファンはぼくだけでないはず。それを実行に移し、ゴウさんやローズ・バッド氏相手に架空のバトルを夢想したり、自分だけの感想や考えを書いてみるのが、この小説へ寄せるどんな賞讃の言葉にも優るのではないのかな……。
 なお、解説は女優の片桐はいりさん。初めて文章を読んで知ったのだけれど、銀座にあるシネスイッチ銀座で昔もぎりのバイトをされていたそうだ(「銀座和光ウラ」というよりは「銀座山野楽器ウラ」かな、個人的には)。この映画館はぼくも好きです。あの雰囲気、客席に行くときの否応なく気分を高揚させてくれるあの雰囲気、あれこそ映画館ですよね。ただ都外に住んでいるので、ここへ行くことも殆どないのですが、わが故郷にも思わず通い詰めちゃうちっちゃい映画館が幾つかあります。この小説を読み、この解説を読んでいたら、既に今月の映画代2万円近くなっているのに、映画館にまたぞろ出掛けたくなってきますよ。良い小説とは罪作りな小説でもあります。
 最後に一言。この映画、是が非でもWOWOWフィルムスで制作・上映してほしい。理由? 最初の方を読めばなんとなく分かりますよ。いや、これ、WOWOWで作らなくちゃ絶対駄目ですって! えへ。◆

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。