第0947日目 〈呪われた作曲家へのオマージュ ――新ヴィーン楽派の領袖アルノルト・シェーンベルク――〉(2011年最終改訂版) [日々の思い・独り言]

 混迷と不安に陥り出口無き迷宮へ踏みこんで、あわや窒息死というところまで追いつめられていたクラシック音楽を救い、且つ新たな要素の注入によって、20世紀音楽の幕開けを担った人が、アルノルト・シェーンベルクである。十二音技法を提唱、実践し、今日への道筋を示した彼の評価は意外にまちまちであるが、まずはその生涯から語り起こしてゆこう。
 シェーンベルクは1874年9月13日、オーストリアの首都ウィーンで生まれた。音楽への愛情と才能は幼い時分からあったようで、家庭の事情で長じて銀行員となるも、父の死を契機に音楽を生業とするようになった。唯一の師、ツェムリンスキーの下で学び、ベルリンのキャバレーで軽音楽を作曲しまくり、故郷へ戻っては教壇に立ち、弟子ウェーベルンとベルクに出会う。大作《グレの歌》で拡大された調整の枠を突き抜けたシェーンベルクは無調へ接近し、奔放なイマジネーションのいっそうの明確化を求めて十二音技法を「発明」した。これに同調した二人の弟子と合わせて彼等を「新(=第二次)ヴィーン楽派」と呼ぶ。
 しかし、時代はナチスが台頭して全権を掌握し、圧倒的な支持と民族主義的国粋主義を背景にオーストリアを併合、いよいよ第二次世界大戦へ突入してゆく前夜であった。ユダヤ人であったシェーンベルクは国外脱出を余儀なくされ、パリを経由してアメリカへ亡命。ニューヨーク、ロスアンゼルスへ移住する。小さな音楽学校で教鞭を執るも経済的不如意に悩まされ、一方で視覚障害や喘息を患い心臓発作に見舞われもしたが、創作は最後の充実期を迎えていた。そうして1951年7月13日、アルノルト・シェーンベルクはハリウッドの自宅で永眠した。享年76。
 シェーンベルクの創作期は概ね四期に分けられる。沿って代表作を列挙してゆけば、第一期・後期ロマン派の時代には《グレの歌》や《浄夜》が、第二期・無調の時代には《弦楽四重奏曲第2番》や《月に憑かれたピエロ》が、第三期・十二音技法の時代には《管楽五重奏曲》や《管弦楽のための変奏曲》、歌劇《モーゼとアロン》が、第四期・アメリカ時代には《ピアノ協奏曲》や《ワルシャワの生き残り》が、それぞれある。
 彼の作品への評価は実に両極端である。だが観察すると、高く評価して讃嘆惜しまないのは専ら音楽家に多く、蔑み疎んじるのは鑑賞者の側に目立つようである。未だ評価の定まらない呪われた作曲家、といったところだろうか。そんなシェーンベルクの音楽様式を最も顕著に示したのは、なんというても十二音技法だろう。
 そこで十二音技法となんぞや、という話になる。即ち、一つのオクターヴ内に12よりなる音階を一度ずつ使って基本的音列を作り、その逆行形、反行形、逆行の反行形、の4つの音列を基に12のパターン、48種に音列を組織化、構成してゆく。
 これが十二音技法であり、前述の《管楽五重奏曲》は初めて全編をこの技法を用いて作曲された記念碑的作品で、また、《管弦楽のための変奏曲》は数ある十二音技法を使って作曲された作品の頂点に位置する傑作である。十二音技法はシェーンベルクの没後たちまち廃れていったが、ブーレーズやノーノ、シュトックハウゼンなどトータル・セリエリズム(セリー主義)の誕生を促した、という点でも、大きな意義を持った音楽様式であった、ということができるであろう。
 これからシェーンベルクを聴いてみよう、という方にはまず、カラヤン=ベルリン・フィルのシェーンベルク作品集とマウリツィオ・ポリーニの弾くピアノ作品集をお薦めしたい(いずれもドイツ・グラモフォン)。先入観を一切排除して聴くシェーンベルクの音楽が、如何に生彩あふれ、耳に馴染むものであるか、おわかりいただけるものと信じている。
 これらがお気に召されたならば、わたくしは続いてロバート・クラフトとピエール・ブーレーズが録音した大部のシェーンベルク作品集を諸兄へご紹介しよう。同じシェーンベルク理解者ながら、演奏もアプローチもほぼ対極な、刺激に満ちたシリーズである。
 ロバート・クラフトのシェーンベルク作品集はNAXOSレーベルから、オーストリアのKoch International他からの再発売盤を交えて現在第11集までリリース済み。不定期発売ながら今後もリリースは続く由。管弦楽曲、管弦楽伴奏声楽曲のみならず、ソプラノ独唱が加わる《弦楽四重奏曲第2番》や合唱曲、更にはバッハやヘンデル、ブラームス作品の編曲物までも含めた、作曲家シェーンベルクの様々な面に触れてゆく愉しみを聴き手にもたらしてくれるシリーズである。輸入盤を扱っている少し大きなCDショップに行けば、一枚税込み1,000円前後で入手が可能(日本語解説・対訳無し)。このロバート・クラフトはストラヴィンスキーの友人として夙に名を知られており、心血を注いで録音したストラヴィンスキー・コレクションは同じNAXOSレーベルからリリース中。
 対してピエール・ブーレーズのシェーンベルク作品集はSONYレーベルから「シェーンベルク没後50年シリーズ」と銘打って2001年にリリースされた全6枚のシリーズ。メインは管弦楽伴奏声楽曲で《グレの歌》や《ワルシャワの生き残り》、オラトリオ《ヤコブの梯子》などを収めるが、いちばんの白眉というべきは歌劇《モーゼとアロン》だろう。未完ながら20世紀オペラの傑作の一つに数えられる作品で、幾つかある同曲異演盤のうちで最初に聴くべき、唯一聴くに値する録音である。また、《浄夜》のオリジナル・ヴァージョン、弦楽六重奏版と弦楽合奏版の両方を聴くことができるのもポイントか。なお、このシリーズ以外にもSONYからは、同じブーレーズ指揮の《月に憑かれたピエロ》やモノ・ドラマ《期待》他を収めた一枚(SRCR9590)や滅多に聴けぬ作品も入った合唱曲集(CSCR8390-91)、グレン・グールドがピアノ伴奏を受け持った歌曲集(SRCR9875-76)のCDもリリースされていた。いずれも国内盤で歌詞対訳附き。
 この二種は初期投資こそ高くつくかもしれないが座右に置いておくべき、シェーンベルク鑑賞の必需品にして奥の院級のシェーンベルク演奏である。繰り返し繰り返し聴くを重ねるうちに、その価値も各々で見出してゆくことができよう。◆

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