第1135日目 〈このマーラーが示す〈親密な声〉 ~アバド=BPO=ラーション他 マーラー:交響曲第3番/1999,10 London Live)〉 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 アバドはベルリン・フィル歴代音楽監督のうち、いちばん難しい役割を担わされた人だったかもしれません。そうして、戦後二度目に困難な時代のタクトを任された人でした。偉大すぎる前任者の跡を襲って名門オーケストラの首席になる、ということがどれだけ労苦に満ちたものであるか、ということを、我らは如実に教えられたように思います。
 さりながら、アバドはゆっくりとしたペースでこのオーケストラを、21世紀という混迷と細分化を進める時代に即したスタイルを持つ、正真正銘のスーパー・オーケストラへと変革させてゆきました(ラトル政権下のBPOがアバド時代の遺産の上に成り立っている事実を忘れてはならないでしょう)。そうしてアバド時代は12年という、けっして短くはない共同作業の時を経て、2002年に閉じたのであります。
 目をつむるまでもなく、残されたCDやDVDの多くが注目すべきものでありましたが、そのなかでも特にこれは、というものを挙げるなら――迷ってしまうのですが、アバドの十八番であるマーラーを。できれば「全集」を、という形でお茶を濁したいのですが、敢えて、となれば、交響曲第3番を推します。
 1999年10月ロンドン・ライヴというデーターを持つ本盤は、いってみればアバドとBPOの全盛期であり総決算的作業がされていた時期のもの。
 アバドにしてみれば前回ウィーン・フィルとの盤から17年ぶりの再録音となります。この文章を綴るにあたって改めてVPO盤とBPO盤を聴き較べてみたのですが、その作業自体が野暮に思えるほど、後者はみずみずしい響きが全編に鳴り渡り、自然に生まれたあたたかさに満ちて、しなやかであります。指揮者とオーケストラの12年の共同作業が、世間があれこれ喧しく噂や憶測を勝手に囁いていた程悪くはなかった、否、実際はどれだけ幸福であったかを示す、最上にして最良の証しではあるまいか、と思うのであります。
 現在常任を務め、その契約を2018年のシーズンまで延長したラトルにしても然りですが、アバドもデヴュー当時からマーラーを得手とし、キャリアの要となるコンサートでは必ずといってよいぐらい振り続けてきて、この作曲家への深い愛着と理解を示してきました。一度は全集を完成させるも旬日経ぬうちにBPOと二度目の全集録音をスタートさせ、かつ、ルツェルン祝祭管弦楽団とは映像による全集に着手している彼がマーラーを愛しているのは確かですが、同じ意味合いでアバドはマーラーに選ばれ、愛された指揮者だ、とはいえないでしょうか。
 その親愛に満ちた数々のマーラー演奏のなかで、なにはさておき聴くべき一枚といえるのが、この、マーラーの交響曲第3番のCDであります。
 クラウディオ・アバド=ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と協演しているのは、アンナ・ラーション(Ms)、ロンドン交響合唱団(合唱指揮:ステファン・ウェストロップ)、バーミンガム市交響楽団ユース・コーラス(合唱指揮:サイモン・ハスレイ)。ちなみにこの日はプログラムの前半に、ヴォルフガング・リームの最新作《二倍の深さ》In doppelter Tiefe(1999年秋世界初演)が演奏されています。
 なお、合唱団の一つ、バーミンガム市交響楽団ユース・コーラスについて一言。文字通り、バーミンガム市交響楽団と活動を共にする青年合唱団ですけれど、楽団の前任者であり現在のBPO音楽監督であるラトルがたびたび、コンサートと録音で起用してもおりました。アバドが今回のロンドン公演にてこの合唱団を招いたのは、自分の後任となるラトルへのお祝いだったのかもしれません。
 この日━━1999年10月11日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの公演(欧州・米国ツアーの一環)が、第5代音楽監督アバドとベルリン・フィルの、最後のロンドン・コンサートとなりました。◆

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