第1237日目 〈家族〉【小説】 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 どこもかしこも似たような内容のお笑い番組に飽きたのか、掘り炬燵に入ったまま、背中を丸めた風間絵里が欠伸した。それをうつろな眼差しで見ていた玲霞も、つられたように欠伸する。
 欠伸はうつる、ってママがいってたけどホントみたい、と玲霞は思った。うん、ママ――いまのママじゃなくて、産んでくれたママ。ちょっぴり目尻に涙が浮かんだけれども、玲霞は唇をキュッ、と引き結んでそれを拭った。約束したもん、もう泣かない、って。ほんの数十センチ離れたところでぼんやりしている同い年齢の姉と。
 と、突然絵里が玲霞の方を見て、「宿題やっちゃおう――書き初め!」といった。有無をいわさぬ口調である。彼女は障子を開け放し、ドタドタと廊下を走っていった。「ママ~、墨すってぇ!」
 風が入ってくるから閉めてってよ、とブツブツ呟きながら、玲霞は炬燵から思い切り体を伸ばして障子を閉めた。また欠伸をするとテレヴィを消して、籐皿に盛られたミカンを手にして皮をもぎ始めた。三個ばかり消化した頃、絵里が父と一緒に、習字の道具一式と古新聞の束を抱えて戻ってきた。
 父が準備をしてくれるのを見ながら玲霞は、絵里の家族が私の家族になってよかった、もし絵里と友だちじゃなかったらここにいられなかったんだからね、と来し方を回想しながら思った。そうだ、この人たちが私の家族なんだ……。
 「玲霞、なに書く?」お手本帳の頁を開いたまま、絵里が訊ねた。「絵里はもう決めたよ、これ」と指さした頁には〈はつ日ので〉とある。なるほど、お正月ならではの文句だな、と玲霞は納得した。
 彼女はお手本帳を受け取って、パラパラと目繰ってみた。最後の方の頁に、いまの玲霞が心から共感できる文句が載っている。――これにしよう。
 ……それから一時間ばかりの後、絵里も玲霞も宿題を完成させた。飛び散った墨の跡が古新聞の上に点在し、反故となって丸められた半紙が幾枚も放られていたが、いまは目を瞑ろう。それなりに――小学一年生の書いたものにしては、きちんとした字で書かれている。二人は満足した様子で左端にクラスと名前を細筆で書き入れた。
 夕食を知らせに来た母が娘二人の書き初めを眺め、「上手に書けたね」といって頭を撫でてくれたのが、玲霞にはとても嬉しかった。
 「でも玲霞、よくちゃんと書けたね。ママ、感心した」
 「え、なんで?」
 「こういう長い半紙にひらがな三文字を書く、って結構難しいんだよ。大人でもバランスよくちゃんと書ける人は少ないんだから」
 へえ、と絵里も玲霞も感心したように声をあげた。そのあと、促されて後片附けを済ませ、書き初めを長押に粘着テープで留めてもらうと、二人は母に連れられて食堂へ歩いていった。
 ――電気が消されて暗くなった和室へ、いま一度目を向けてみよう。絵里と玲霞の、生涯初の書き初めが仲良く並んで掛けられている。絵里は既に述べたとおり、〈はつ日ので〉と元気いっぱいの字で認めた。玲霞は――
 〈かぞく 一ねん四くみ かざまれいか〉◆

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