第1433日目 〈創世記第27章1/3:〈リベカの計略〉&〈祝福をだまし取るヤコブ〉with i-PhoneのOSをようやくアップデートしました。〉 [創世記]

 創世記第27章1/3です。

 創27:1-17〈リベカの計略〉
 イサクは老いた。目もよく見えなくなっていた。かれは或るとき、エサウを呼んで、いった。これから狩りに行って獲物を得よ、それでわたしの好きな料理を作って持ってきなさい、死ぬ前にお前の料理を食べてわたし自身の祝福をエサウよお前に与えたい。
 エサウはそうした。
 が、イサクの言葉をリベカが物陰で聞いていた。彼女は下の息子ヤコブを愛していた。リベカはヤコブを呼んで、お父さんはこんなことをいっていました、とエサウに告げられた祝福の話をした。エサウ同様狩りに行って獲物を得なさい、それを使ってわたしが料理を作ります、お前はそれをお父さんのところへ持ってゆきなさい、そうしてお前が祝福を受けるのです。
 しかし、とヤコブは難色を示した。幾ら目がよく見えないとはいえ触れればぼくが兄さんではないのはすぐわかるでしょう、ぼくの肌は兄さんと違って滑らかです、祝福どころか呪いを受けることになってしまいます。
 母は、案ずることはありません、といった。呪いは母であるわたしが引き受けます。そうしてヤコブを狩りに行かせた。
 やがてヤコブが獲物を携えて帰ってきた。それを使って、さっそくリベカは料理を作った。更にヤコブにエサウの晴れ着を着せ、(肌の感触をごまかすための)子山羊の毛皮を腕や首筋に纏わせてから、イサクのところに向かわせた。

 創27:18-29〈祝福をだまし取るヤコブ〉
 ヤコブは料理を持って父のところへ行った。狩りから戻って料理を出してくるにはあまりに早過ぎる、と訝ったイサクだが、主の計らいによってすぐ獲物を得られたのだという詭弁と、相手に触ったときの肌の荒々しさとにすっかりエサウと信じた。イサクは出された料理を食し、ぶどう酒を飲んだあと、相手を祝福した。本来のエサウでなく、母の手引きもあって兄を出し抜いたヤコブに。
 「どうか、神が/天の露と地の産み出す豊かなもの/穀物とぶどう酒を/お前に与えてくださるように。/多くの民がお前に仕え/多くの国民がお前にひれ伏す。/お前は兄弟たちの主人となり/母の子らもお前にひれ伏す。/お前を呪う者は呪われ/お前を祝福する者は/祝福されるように。」(創27:28-29)

 ヤコブのずる賢さ、計算高さ、策士ぶりはエサウから長子の特権を奪うことで発揮されました。が、実はその性分は母親譲りではないか、と思わせられる〈リベカの計略〉と〈祝福をだまし取るヤコブ〉。
 例え親と雖も兄弟を等しく愛することなどできよう筈はありません。なら今回の一件は、単に子を愛する母の情の濃さ深さがなさしめた、しかし神によってあらかじめ定められた未来を実現するための事件であった、と申すことができましょうか。
 イサクが息子に与えた祝福は聖書の道筋をいま知る形に整えたという意味で、頗る重要な意味合いを持ってきます。事実、本ブログでも聖書の各書物を読むにつけ、何度アブラハムとイサクの祝福、エサウとヤコブの祝福の奪い合いの場面に立ち帰ったことでしょう。確か両手の指の数ぐらいはあったと記憶するのですが……。



 i-PhoneのOSをようやくiOS7.0.2にアップデートしました。恥ずかしながら今春買ったばかりということもあり、OSについてはしばらく無関係を装ってきたのですね。しかし、設定アプリのアイコンにずっと通知が出ていることにそろそろ耐えきれなくなって……一昨日の晩、寝る前に勇躍アップデートしてしまいました。
 iOS7.0.2の感想? まずホーム画面の綺麗さにびっくり! 本当は大差ないのだろうけれど、アップデート終了後に表示されたホーム画面はなんだかとっても色鮮やかで、アプリがいちだんと使いやすそうに見えましたよ。アイコンのデザインが多少変わったことに途惑いはあったけれど、10秒で馴れました。位置は変わっていないものね。ただ、Safariの勝手が異なるのには、ちょっと時間がかかってしまいましたが……。
 昨年のiPodデヴューに続き、今年はi-Phone。いずれも必要に迫られてのデヴューでしたが、またもや必要に迫られてデヴューしそうなものが、わたくしには実はある。むろん、PCの話。りんご信者になるとは思えないけれど、周囲が現在次々とWinからMacへ宗旨替えしている波に呑みこまれる可能性は否定できません。……みくらさんさんか、ただいま真剣に迷っております。◆

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