第1448日目 〈きのうのこと〉 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 「まだわたしと結婚したい?」同じ台詞を彼女はホテルのベッドの上でもう一度いった。
 「あんな仕事を裏でしているわたしだよ。そんな女を配偶者にできるの?」
 半分落ちた目蓋の下で、ぞっとするぐらい透き徹った瞳がまっすぐ僕の顔に向けられている。そらすことのできないぐらい力のこもった眼差しだった。目で訴えかける、というのは、きっとこんな様子をいうのだろう。
 つながったままだった体を離して、彼女の体を抱きしめた。力が少し強かったか、彼女の口から喘ぎ声が洩れた。――夢であってほしい。定かでない理由からもう一つの仕事に手を染め、それを辞める意思がないことが。
 「AV女優を妻にする勇気があなたにはあるの?」僕の肩へ置かれた彼女の指に力がこもり、爪先が皮膚に食いこんだ。鋭い痛みがあったけれど、気にする程ではない。「それも昔やっていたけれど、現在(いま)は足を洗って堅気に戻ってます、ってわけじゃないんだよ?」
 正直なところ、自分がどうしたいのか、いまではさっぱりわからなくなっている。彼女への想いは未だ自分のなかで確かに残っている。終生ずっと一緒にいたい。婚約したあとも遠距離恋愛を続けている間にやり取りしたメールは結構な数になるが、いつだかのメールに記したその言葉は、いまでも変わることなくわたしの希望であり続けている。
 ――気が付けば胸板が濡れている。彼女はどんな気持ちで(どんな意図で、ではなく)僕に自分の過去を告白し、過去を知ったいまでもわたしと結婚できるのか、と問いかけるのだろう。僕の気持ちが変わることなどないとわかっていながら……。

 読者諸兄はお察しいただけるだろうが、この日、僕はありきたりな返答しかできなかった。おそらく彼女は失望して、実家のある九州へ帰ったものと思う。再び彼女のなかに入って済ませたあと、僕は羽田空港まで彼女を送っていった。幸いだったのは欠航になっていなかったことだ。
 彼女の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。そうして婚約という確かな絆を得て充足しているはずなのに、宙ぶらりんな気持ちを抱えて決断を先延ばしにしている自分に情けなくなりながら、踵を返して地下の京浜急行の乗り場へ向かった。
 いったい僕はいつになったら彼女との間に存在するこの問題を解決できるのだろう?
 どうして彼女は僕と結婚したあとまでもAV女優を続けると決めているのだろうか?
 僕らはいつの日かこの障害をクリアして2人が一緒にいる未来へ進めるのだろうか?

 ……わかんねーよ、だって好きなんだもん!!(もん、って、オイ)◆

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