第1560日目 〈ユディト記第10章&第11章1/2:〈ユディト、ホロフェルネスの陣営に向かう〉、〈ユディト、捕らえられる〉&〈ユディト、ホロフェルネスの前に出る〉with雨にも負けず風にも負けず、……〉 [ユディト記]

 ユディト記第10章と第11章1/2です。

 ユディ10:1−10〈ユディト、ホロフェルネスの陣営に向かう〉
 祈り終えたユディトは沐浴して肌に香油を塗った。そうして、夫がまだ生きていた頃に着ていた服を身に纏い、化粧を施し、妖艶なるヘブライ人の娘に化けた。侍女にぶどう酒の革袋とオリーブ油の壷、炒り麦といちじく菓子と上等のパンを詰めた袋、布に包んだ食器を持たせると、2人して家をあとにした。
 ベトリアの町の門にはユディトの指示で彼女を待つオジアら指導者たちがいた。かれらは美しく着飾ったユディトに目を奪われた。オジアらはユディトを祝福し、門を開けさせ、その出発を見送った。町の人々も彼女が道を下ってゆくのを姿が見えなくなるまで見送った。

 ユディ10:11−19〈ユディト、捕らえられる〉
 彼女たちは谷間の道でアッシリア軍の前哨部隊に捕らえられた。捕虜となったユディトはかれらに、わたしは滅びるより他ないベトリアの町から逃げてきたのだ、と弁明した。あなた方の総司令官ホロフェルネス様に会わせてくだされば、兵力を損なうことなくベトリアに進むことの出来るルートを教えましょう。
 前哨部隊の一部の兵が彼女を連れて本陣へ戻り、ホロフェルネスの天幕まで案内した。ヘブライ人女性が捕虜になったことは、アッシリア軍の陣営の隅々まで瞬く間に広まった。実際に彼女の姿を見た者は、イスラエル侮り難しの思いを抱いた。かれらを放置したら必ずや世界中を籠絡するに違いない、とかれらは考えたのである。

 ユディ10:20−11:14〈ユディト、ホロフェルネスの前に出る〉
 ユディトとホロフェルネスは天幕の控えの間で会った。
 心配するな、とホロフェルネスはユディトにいった。わが主ネブカドネツァルへ仕えることを選んだ者に危害を加えたりはしない。が、山間のあの町の住民は、従うを潔しとせず抗うことを選んだ。かれらは自らこの事態を招いたのである。
 さあ、女よ。なぜあの町から逃げてきたのか。正直に話せば命の保証はしよう。話してくれれば、わが国の者は皆、お前をネブカドネツァル王の家来のように大切に扱い、危害を加えたり乱暴を働くことはないであろうから。

 「ユディト記」は起承転結のはっきりした物語であります。案外と聖書のなかでは珍しいものであるように思います。類似した書物を探すと、どうしても文学書に分類されるものとなってしまう(ヘブライ語の分類に従えば「諸書」ですか)。「ルツ記」や「エステル記」、「ヨブ記」がそうであります。
 タイトルロールになっているかれらに共通するのは、神への揺るぎなき信仰の持ち主である点と、神に対して敬虔なる人である点でありましょう。もっとも、ヨブの場合は自らを見舞った過酷な運命ゆえに一時的ながら信仰は揺らぐのですが、回復するや以前にも増して神へ依り頼む心は強くなった、と察せられます(ヨブ42:6、12)。
 この「ユディト記」も神への信頼を基にして大胆な行動に出た女性の、起承転結が明らかな物語であります。さしづめ本章は<転>に相当する箇所といえましょう。ここからいよいよ物語は佳境に入って参ります。



 意志の強い人間になりたい。あらゆる誘惑に打ち克つことの出来る強い心を持つ人になりたい。毎度心へ誓えど旬日経ぬうちまたぞろ快さに惑わされ、ちょっとだけなら良いか、と一時を過ごして終わった直後に深く深く後悔する。嗚呼、この弱さは生来のものか、はたまた覚えた遊びの置き土産か。
 雨にも負けず風にも負けず、あらゆる誘惑と無縁の人生を過ごして、大過なく臨終のときを迎えたい。孤独であっても構わない。その代償として誘惑を退け続けられる強い意志と、意思に行動を伴わせることが出来るなら。
 それが、希望です。◆

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