第2177日目 〈コリントの信徒への手紙・二第12章:〈主から示された事〉&〈コリントの教会に対するパウロの心遣い〉with「幸いにしてわたくしは……」〉 [コリントの信徒への手紙・二]

 コリントの信徒への手紙・二第12章です。

 二コリ12:1-10〈主から示された事〉
 主がわたしに見せてくれたこと、主がわたしに啓示したこと。それを誇らずにはいられません。これからその件についてお話しします。
 わたしが知る、キリストに結ばれた人がいます。この人は14年前、──体のままか、体を離れてかわかりませんが──第三の天にまで引き上げられました。「彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。このような人のことをわたしは誇りましょう。
 しかし、自分自身については、弱さ以外に誇るつもりはありません。」(二コリ12:4-5)
 真実を語るのだから誇ってよかろうとは思いますが、敢えてそれは行いません。それを耳にした人がわたしを過大評価しても困りますし、なによりも主の啓示があまりにすばらしかったから、却って誇ることは控えようと思うのです。
 このことを誇っても構いませんが、誇りません。為にわたしには1つの棘が与えられました。わたしを痛めつける目的でサタンから送られた棘です。わたしは日に3度、この棘を取り除いてほしい、サタンの使いから離してほしい、と主に祈りました。それについて主の答えて曰く、わたしの恵みはあなたにじゅうぶんである、力は弱さのなかでこそその強さを発揮するのだ、と。
 「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(中略)なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(二コリ12:9-10)

 二コリ12:11-21〈コリントの教会に対するパウロの心遣い〉
 わたしは愚か者になりました。あなた方が無理にそうさせたのです。わたしがあなた方に推薦されるべきだったのだ。たといわたしが取るに足りない者であったとしても、あの大使徒たちには少しも引けを取らなかったはずです。自分が使徒であることを、徴や不思議な業を行うことで、あなた方へ示しました。あなた方が他の諸教会に劣るところがあるとすれば、わたしがそちらに負担をかけなかった点ぐらいですよ。その節は失礼しました。その不当を許してください。
 わたしはコリントへの3度目の訪問を計画しており、いま準備中です。勿論あなた方に負担は掛けません。わたしが求めているのはあなた方自身なのです。あなた方の魂のためにわたしは喜んで自分自身を使い果たしましょう。
 「わたしたちは神の御前で、キリストに結ばれて語っています。愛する人たち、すべてはあなた方を造り上げるためなのです。」(二コリ12:19)
 ──あなた方を愛すれば愛するだけ、あなた方はわたしを愛さなくなるのだろうか。
 実はあなた方がわたしの期待した程ではなく、わたしもあなた方の期待通りの者でなかった、ということがあるだろうか。
 わたしの神があなた方の前でわたしに面目を失わせたり、恥をかかせるようなことはないであろうか。
 わたしがそちらへ行ったとき、かつて罪を犯した多くの者がむかしの過ちを悔いることなく、反省していない様をわたしは見ることになるのだろうか。──

 本章冒頭にて、主が見せたこと、啓示されたことを自分は誇らずにはいられない、と、まるでレイ・ブラッドベリの短編のタイトルを思わせるような興奮でパウロは告白します。これはそのまま次の節につながり、14年前キリストに結ばれていた人が第三の天にまで引き上げられて云々という報告に至ります。パウロはその人を知っている、という。それもそのはずで、実はその人物はパウロ自身なのであります。三人称に仮託してかれは自分の経験を書いているのでありました。
 正直なところ、わたくしにはこの文言のなかに、幾つかの不案内な箇所を持ちます。パウロが引き上げられた、という「第三の天」とはなんなのか。註釈書や研究書などを開いてもよくわかりません。ただ、天国(パラダイス)と同定するのは困難な様子。また、「14年前」とは正確にいつ(何年)なのか、舞台はどこで、どのような経緯で斯様な経験がされるに至ったのか、知りたいことは幾つもあります。これらについてはもう少し調べて、後日補記、乃至は本日の修正など、なんらかの形でご報告できるようにしたいと思います。
 サタンから送られた使いとして、1つの棘が与えられた。この棘はパウロの心に与えられた「弱さ」であります。パウロは、弱さは宣教活動の足枷になると考えていたのでしょう、その弱さを自分から取り除いてほしい、と(1日に3度も!)主に祈った。それはとても真摯で、強さこそ行く先々で迫害に遭う自分に必要なものである、と思うて疑わなかったことでありましょう。が、主から与えられた回答は、かれにとって意外なものでした──美辞麗句に彩られた明確な「否」だったわけですから。でも、パウロは主の真意に気附いて胸に留め、宣教活動に腐心します。なんとなれば、<弱さこそ力であり、強さ>なのだから。これに大いに力と慰めを得てパウロは本章を書き、また、より一層の伝道に励んだのでありました。



 大学でわが国の古典文学を教える、という大学入学時の夢をかなえていたら、現在の自分はどうなっているのだろう、と考えると、ぞっ、とします。たしかにそれは真剣に夢見て目指した自分の姿でしたが、昨今の大学の講義風景や学生の態度、学力の低下など仄聞すると、象牙の塔にこもらずに社会へ出てよかったな、と思うのです。
 勿論こう思えるのも、その後就職した会社やアルバイトや派遣でお世話になった勤務先にて、人間関係と仕事内容に恵まれた所産。佐藤春夫の辞世の言葉ではないけれど、「幸いにしてわたくしは……」という台詞がぴったりな人生を歩めてきた。そんな風に実感するのであります。まだわたくしの人生は幕引きされたわけではないが、感謝を述べられるときに(つまり生きている間に)然るべき言葉でこれまでの人生にお礼をいうておきたいのだ。
 まぁ、あのまま大学院に進み、講師-准教授-教授と進んでいれば、いま頃は恩師の娘と結婚して学統を継承し、子供もいたかもしれないけれど……でもそれって、他人に規定されたコースでなんだか嫌だよね。ぶるぶる、って身を震わしちゃいます。だって自分で恋したいモン! 呵々。
 では皆様、ちゃお!◆

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