第2206日目 〈新潮文庫はひのまどか著〈作曲家の物語〉シリーズ全巻の復刊を急げ。〉 [日々の思い・独り言]

 学生時代、とても関心のある分野の本なのに他に買うべき本があったりしてわが所蔵とすること能わず、立ち読みや図書館から借りてくるばかりであった本がある。細かく回顧すれば何十、何百とそうした本があるけれど、そのうちの1つが、ひのまどか著リブリオ出版から出されていた〈作曲家の物語〉シリーズであった。たしか20冊近く刊行されていたはずだが、わたくしはどの1冊も持っていない。シベリウスとバルトークは図書館で何度も借りたことがあったけれど──。
 ひのまどかの著作は久しく目にしていなかった。なのにまさか昨年12月、新潮文庫から当の〈作曲家の物語〉シリーズの1冊、『美しき光と影 モーツァルト物語』が改題・復刊されようとは! 懐かしさもあって即日購入したのだが、その「あとがき」で著者はいう、本書と復刊が決まっているベートーヴェンを契機に他の書目も文庫化されればいいな、と。わたくしもそれを希望する。元版のシリーズを読んだことがある人ならば、誰しも同じ思いを抱くのではないか。が、おそらくその希望は叶えられまい。ドラマ『のだめカンタービレ』放送中の時期ならどうにかなったかもしれない。が、いまの状況では全巻の復刊はチト難しかろう。むろん、実現に向けて一読者としてできる限りのことはしたいと思う。
 今日、ブックオフで不良CDセットの返品・返金を済ませたあと、県内に本拠地を持つ新刊書店の前で催されている古本ワゴン市を覗いてみた。すると、セットの文庫本が積まれて背表紙の見えにくくなっていた単行本の、辛うじて読み取れるタイトルと、その背表紙の上部のデザインに記憶が刺激された。たしかこの本は……、と文庫本の山を崩してサルベージしてみれば、それはまさしくひのまどか著〈作曲家の物語〉シリーズの1冊、『バイロイトへの長い道 ワーグナー物語』だったのである。神保町にある新刊書店の地下1階の片隅、エレベーター扉前の音楽書だか児童書だかのコーナー前に陣取って、数日にわたって日参、1巻を読み通したその本──。売価、500円。
 いま、いつものスタバで本日の原稿を書き終えたあと、購入した本にゆっくり目を通している。クラシック音楽にどっぷりと浸かりあまつさえCDショップに身を置き世過ぎしていた頃、完治不能のワグネリアンとして胸を張って生きていた頃(自称ゆえ斯く付言す、呵々、と)、そうしてなによりもドラマティックすぎる“バイロイトの楽匠”の生涯を冷静と情熱の狭間で熱狂していた頃を回想しつつ、そのぬくもりに満ちた筆致でその破天荒な人生を描き尽くした著者の力量に惚れ惚れしながら。
 詳細かつ決定版的ワーグナー伝をお望みなら渡辺護著『リヒャルト・ワーグナー 激動の生涯』(音楽之友社)を、事実と正確さを求めながらも読み物として優れたワーグナー伝を望むならひのまどかの本書を、それぞれ推奨の1冊としよう。眺め渡さずともわかるが、実は読み物としてのワーグナー伝というのは少ない。まぁ、決して範とできるような人生を送った人ではないからなぁ……。人妻との不倫、そのうちの1人は略奪婚でその後のワーグナー王国の礎を築いた女性。借金しまくって逃亡生活の繰り返し。ドレスデン革命を煽動した廉で指名手配されて捕縛されてからは国外追放、やがて崇拝者であるバイエルン王の知己を得てからは国庫から自身の芸術の実現のため(という名目で)湯水の如く金銭を引き出して。エトセトラ、エトセトラ。つまり枚挙に暇がないということ。こうしたワーグナーの生涯をすばらしい読み物に仕立てたのだから、ひのまどかの筆力は尋常ではない。
 モーツァルトやワーグナー、バルトーク、シベリウスに限らず、作曲家の生涯をこうも瑞々しく描ける人はそう多くあるまい。やはり新潮文庫は覚悟を固めて、著者がほぼライフワークと思うたであろうこの、現地取材に基づく点をウリの1つとする生命力にあふれた〈作曲家の物語〉シリーズ全点の復刊に着手していただきたい。そう希望する。◆

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