第2421日目 〈『ザ・ライジング』第2章 18/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまでは教室の移動をしてはならない。そんな校則がある。それを守る者はいったいあるだろうか? 答えはイエスだった。が、結果的に守られているだけであって、校則に従っているわけではない。六時間目は体育だったが、ジャージに着替えるために更衣室へ行くまで、教室から出ようとする者はいなかった。
 「ねえ、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』、いつ観に行く?」と藤葉が他の三人に訊ねた。彩織の席を中心にさっきのワークブックの件でひとしきり盛りあがり、一段落したところだった。
 「もう始まってるんだっけ?」希美は藤葉を見あげた。
 「えーとね、再来週から――だったかな?」昨日の学校の帰り、近所のコンビニで立ち読みした『ぴあ』の新作映画情報を思い出しながら、藤葉が答えた。「一作目と同じ、駅前の映画館でやるみたいだね」
 「じゃあ、学校の帰りにまたみんなで行けるなあ」にらめっこしていたワークブックから顔をあげた彩織がそういった。
 「〈旅の仲間〉が宿敵ハリー・ポッターを観に行く約束をしていました」と藤葉がいった。「白井さんってまだ小説書いてたんだッけか? なんかの書き出しに使えないかな、ね、ののちゃん?」
 希美はきょとんとした顔で藤葉を見ていたが、みるみる顔を赤く染め頬をふくらませて、「もう、知らない! 書いてたってね、そんな売り込みはお断りですう!」とすねたようにいった。それが三人の爆笑を買って、じきに希美もその笑いに加わった。
 「――木曜日に行かない? みんな、部活ないでしょ、確か?」そう藤葉は提案した。 「あ、いいね、讃成。希美ちゃんと彩織ちゃんは?」と美緒が二人に訊いた。
 「ウチはOKや」
 「練習があっても全体のじゃないから、うん、大丈夫だよ」
 「じゃあ、決まりだね」そういいながら、藤葉は手帳を開いて、その日のところに丸く印を付け、「ハリポタ!」と書きこんだ。「時間とかは、まだいいよね?」
 「いいっしょー、それは」彩織が足をぶらぶらさせながら答えた。「直前になってからでええんやないの? 上映時間だってまだわからんわけやし」
 「そうだね。まあとりあえず、木曜日に観に行くことは決まり。時間は追って話し合いましょう、ってところだね」そういいながら、藤葉はジャケットのポケットに手を突っこんだ。
 美緒が乳房の下で腕を組んだのを見て、希美は、あ、大きい、と口の中で呟いた。あれぐらいあればいいのになあ……。五時間目が始まる前、美緒に抱きしめられたときの感触を思い出した。ふんわりとしてて、やわらかくてあたたかで、心が安らいだ。なんだか、ママの胸に抱かれているみたいで……。はあ、と溜め息が出た。あの人は、私のちっちゃい胸をどう思ってるんだろう?
 ややあってチャイムが鳴り、生徒達はかったるそうな声をあげながら、更衣室へぞろぞろと向かっていった。□

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