第2425日目 〈『ザ・ライジング』第2章 22/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 バスケットボールのチーム分けが、厳正かつ公平にアミダくじで決められたとき、片方のチームから一斉に不平不満の声があがった。体育教師が思わず顔を覆って、「なんてこったい」と呟くのを、すぐ横にいた藤葉ははっきり聞いていた。
 気持ちはよくわかった。藤葉も天を仰ぎたい気分で、壁の方を見やった。教師がバスケットボールの試合をやるといった途端にさっさと見学を決めこんだ希美と彩織が、ぼんやりと騒ぎのしているコートを眺め、藤葉に視線を移した。二人とも、なにかあったの、と問いたげな顔をしている。藤葉は苦笑いで答えるよりなかった。
 「なんで星野さんも木之下さんも森沢さんも、そっちのチームなのお!?」
 そんなこといわれてもねえ、と藤葉は心中呟きながら、右の掌で首をさすった。あれ、美緒はどこだろう。体育祭のときには学年の期待を、自分や星野さんと共に一身に背負うことになる美緒は。ぐるりと後ろを見てみると、そこに美緒がいた。心持ち脚を開いてうつむきながら、髪を結いあげポニーテールにしている。
 うわあ、やる気たっぷりだ。そう藤葉は思った。戦闘モードにスイッチ入っちゃったよ。軍神の出陣だ。
 「アミダで決めよう、っていったのお前らだろ!? なら結果に文句いうな!」
 教師はそう手を振りふり、反駁した。生徒達はそれぞれのコートに散っていった。藤葉のチームはさして騒ぐでもなく、一方そうでないチームは、いまだ不平の声をあげながら。
 どう考えたって負け試合じゃない。そんな相手チームの声が、藤葉の耳に触れた。誰もがそう思うゲームほど、実はとんでもないドンデン返しが待っているものよ、と藤葉は呟いた。それがスポーツのいちばん面白いところかもしれない。結果はゲームが終わるまでわからない。勝敗の確率はいつでもフィフティ・フィフティ。陸上でも水泳でも、もちろんバスケだって同じ。その場で勝敗が決まる残酷さはあるけれど、それだからこそ、ゲームの最中は気が抜けない。緊張の糸が途切れた時を見計らって、必ず自分より弱い者、実力の劣る者は切り崩しにかかってくる。そして、ときには敗北を味わうことになる。それは弱肉強食――いや、下克上、というべきか。百メートルのクロール競技で一年前の夏、同じスイミングスクールに通う当時中学三年生の少女に惨敗を喫した経験を持つ藤葉は(「ものすごくガリガリな子でさあ、風が吹いたら飛んでっちゃいそうな子なのよ、それが!」と藤葉はその日の夜、敗戦報告を美緒にした)、そんなことを思い出しながら美緒の横に立った。
 「がんばろうね」
 にっこり笑いながら、右手の親指を突き立てた美緒がいった。藤葉はなにも答えなかったが、同じように笑顔で親指を立てた。ついで、すっかり観客気分でいる希美と彩織を二人して見た。彩織が両腕を大げさに振って、「ぶーぢゃあああんっ! みおぢゃあああんっ!」と、わざとらしく濁音をつけて騒いでいた。希美もなにかを叫びながら手を振っていたが、なんといっているかは隣の彩織の声に呑まれて聞こえなかった。
 藤葉と美緒は顔を見合わせてなにごとか小声で相談すると、縦に並んで立ち、上半身を直角にひねって右腕をまっすぐに伸ばし、親指を立て、ニカッ、っと歯を見せて笑った。
 それを合図にしたかのように、希美や彩織のみならず観客にまわったクラスメイト達が歓声をあげた。
 いい気分だった。もしかしたら、この雰囲気を味方に勝っちゃうかもな。だめだめ、油断は禁物だ、と藤葉は両頬をぺちぺち叩いて、妄想を追い払った。□

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。