第2426日目 〈『ザ・ライジング』第2章 23/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 「木之下さん」と後ろから呼ばれた。振り返ると、バスケット部のエースでやがてはプロになるのではないか、と噂されている星野香奈がいた。「頼りにしてるからね。森沢さんと三人で攻めこんで、相手のやる気を削いじゃおう」
 それだけいうと、星野はセンターサークルに向かって歩いていった。
 その後ろ姿を見送りながら、ずいぶんと自信満々だなあ、と藤葉は感心もし、呆れもした。が、正直なところ、その自信がうらやましかった。プロになるなら、やっぱりあれぐらいでないとだめなのかな。これまでずっと水泳やってきたけど、私の目標っていったいなんなんだろう。プロになるとかオリンピックに出るとか、そんな夢を真剣に思い描いたことなんてなかった。まあ、近いところでインストラクターなんて考えたけど。でも、星野さんに較べたらなんてちっちゃな夢なんだろう。私の夢……報道に携わることしか考えたことなかったなあ……お母さんと同じ仕事に就くんだって、それしか考えてなかったからなあ。まあ、それでもいいか、水泳はこれからも趣味で続ければいいんだし。
 「ふーちゃん、始まるよ」美緒に肩を叩かれて我に返った藤葉は、他のメンバーが既に――いつのまにか決まっていたそれぞれの位置につきつつあるのを知った。
 「私、どこ?」
 「聞いてなかったの? ふーちゃんと私と星野さんとでオフェンスだよ、って決めてたじゃないよお。もう!」と、頬をふくらませて、美緒は藤葉が立つべき位置を指で、ビッ、と指し示した。
 「フグ」
 そう口にした途端、美緒が目をスウッと細めた。友の顔から表情が消えた。藤葉は、やばい、と思った。しまった、とも思った。が、もう遅かった。美緒に両の頬を指でつままれ、思い切り引っ張られた。苦痛と後悔に顔がゆがんだ。
 「フグじゃないよ?」いつもと同じ、美緒のやわらかな口調。甘くかすれた、ふわふわした感じの声だった。でも、冷たい。
 「う、うん、うん。そう、フグじゃない。ごめん、美緒。もうフグなんていわない」
 「ホント?」
 「も、もちろん……天地神明にかけて誓います……です。あう、い、痛いよ……」
 「じゃあ、許してあげる。今度いったら――宿題、見せてあげないからね」
 そうお灸を据えて美緒は指を離した。藤葉は頬を両掌で包み、マッサージするように撫でさすった。ふと見ると、彩織がこちらを指さして笑い転げていた。希美は両膝の間に顔を埋め、掌で床をばんばん叩きながら、笑いで肩をふるわせている。
 まったくもう……。
 「おーい、木之下君よ。そろそろゲームを始めたいんだがな」教師がボールを脇腹に押しあてながら、藤葉を呆れた風な視線で見ながらそう訊いた。
 「あ、すみません。始めてください!」
 藤葉はそう答えながら、自分の位置へ小走りで向かった。美緒や星野とアイ・コンタクトを交わし、頷いた。名誉回復(ってほどでもないか)しなきゃ。
 教師がホイッスルを吹いて、ボールを高く投げた。センターサークルで向かい合っていた星野ともう一人がやや膝を曲げ、床を強く蹴って飛びあがった。互いに右腕を高く伸ばし、落ちてくるボールを我がチームのものにしようと狙いを定めた。□

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