第2428日目 〈『ザ・ライジング』第2章 25/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 いつの日かこんな奔放で爛れた生活から足を洗わなければな、と思ってはみてもいちど味わった快楽は忘れられず、一方でこんな生活から身を退かせてくれる懐の深い男が現れるとは、どう首をひねっても現実的な考えとは思えなかった。だが、諦め半分で過ごしていた今年の六月、この人なら、と確信させるような男が、学園にやってきた。教育実習でやってきた、自分より年上の男だった。女子校という性質もあってか生徒はもちろん、特に独り身の女教師達は否応なく、この男に関心を向けることとなった。何人かが彼にアプローチしたのを、保健室を溜まり場にしている生徒達から聞いた池本は、ある日偶然に自分以外誰もいない保健室へやってきた男を、言葉巧みにベッドへ誘って押し倒し、ブラウスを脱ぎ捨てて迫った。……が、男はけっして彼女に屈しなかった。それどころか乱暴に彼女を追い払い、這々の体でそこから逃げ出してゆき、以来二度と保健室どころか池本へ近寄ろうとしなかった。それからすぐのことだった。彼が二年生の少女に首ったけだという噂を耳にしたのは。
 畜生、あいつめ、と池本は口の中で呟いた。学園に残されていた資料から彼の住まいを知り、探偵を使って彼に関する情報を集め、暇なときには実際に自分でその近所へ出向いては日常生活を観察するようになった。さすがに犯罪を犯すつもりはなかったのでストーカー行為だけは自粛したが、男を想えば想うほど心が闇に囚われてゆくのだけは自覚できた。彼に女がいる、しかもこの学園に。相手は未熟な少女だ。そんな輩に私は負けるというのか? いいや、そんなことは断じてない。いまからでも彼の気持ちをこちらへ向けさせることはできるはずだ。だって、これまで私が誘ってなびかなかった男なんて、ただ一人を除いていなかったんだから。そのたった一人の例外――そいつを私のものにするのなんて、簡単なことだ、と池本は考えた。今度ばかりは私一人の手で決着をつけてやる。いや、あの男性の女という立場に居坐っている少女(本来なら私がいる場所にのさばっているガキ)を排除するためには、共犯が必要だ。
 彼が学園を去ったのとちょうど期を同じくして、彼女は目の前に跪いて背中を向けている忠実な肉奴隷を手に入れた。そうだ、こいつを使ってあのガキを彼の人生から抹消してやる。パソコンのデリート・キーで文字を消すよりも簡単なことだ……。
 我知らず笑いが洩れた。ぼんやりした視線で上野が振り返った。視線が合うと口を固く結び、上野の頬を平手打ちした。「誰がこっちを向いていいと命じたのよ!?」
 肩を縮こまらせた上野がまた元の姿勢に戻った。それを見ながら池本は舌打ちをした。こいつを使えば、あのガキを黙らせることはできるだろう。そう、なんたって彼には犯罪者になってもらい、あのガキを容赦なく痛めつけてもらうのだから。やがて少女は上野の虜になるだろう。いつしか常習者となり、それを知ったあの男性の心はガキから離れ、より彼にふさわしい私のところへやってきて、万事がうまく収まる。そのときには上野を解放してやってもいい、と池本は考えた。大河内先生とやすらぎの時間を人生の最後の瞬間まで堪能すればいい。となれば、少女は行き場を失うだろう。が、そんなのは知ったことでない。彼女が身を崩そうが自殺しようが、私の知ったことではない。□

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