第2429日目 〈『ザ・ライジング』第2章 26/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 ふと、池本は考えた。話を持ちかけるためには、代償を与える必要がある。上野を奴隷のままにしておくのはあまりにかわいそうじゃない? そう、この私にだって慈悲、ってものはあるんだからね。それに……眼下にあって聳え立つ代物も、考えてみればちゃんと味わったことがない。
 「ねえ?」池本は彼の耳許で囁いた。指は固くなった乳首をもてあそんでいる。「今日はちょっと趣向を変えようか?」
 訝しげに彼の視線がちょっと動いたのがわかった。
 「いつも奉仕させちゃってるものね。一生懸命私に尽くしてくれているお礼よ。今日は特別に、あなたにさせてあげるわ」
 そういって池本は上野の前に歩いてゆき、しゃがんだ。白衣の前がはだけ、ピンクのブラウスが開いてへそまで見えている。扇情的な眼差しで彼女はフロントホックのブラジャーをはずし、上野の手を取って乳房を触らせた。彼の表情が驚愕に変化した。それを楽しみながら池本は、
 「その代わり、これからもちゃんと私のいうことを聞くのよ。そうすれば君の希望を叶えてあげる。なんのことだかわかるよね?」
 ゆっくりと上野の視線が池本の目に向けられた。唇が少し開き、また閉じられた。そんなことはあり得ない。彼の目はそう語っているようであった。
 ちゃんといってあげた方がいいな、と彼女は思った。「君を解放してあげる、っていってるのよ。大河内先生の許へ戻れるわ、身も心もね。私のお願いを聞いてくれるわね?」
 上野はためらわずに頷いた。恋人との幸せを再び手に入れられるのなら、どんな屈辱にだって耐えてやる、と彼は自分に誓った。ああ、やってやるとも。
 「それじゃあ、いいこと、しよっか……?」
 「ほ、本当に……解放してくれるんだね?」
 池本は頷いた。「私はね、嘘はつかないよ」そういって唇を重ねた。舌と唾液をたっぷりと絡ませながら、彼女は上野をむさぼった。
 「君の好きな体位で、私を犯していいんだよ」
 「で、でも……」
 「さあ、早くしないと六時間目が終わっちゃうよ? ねえ、いつも大河内先生にしてるみたいに、激しくやってよ?」
 二人はベッドへ折り重なって倒れこみ、上野は初めて味わう池本の肉体に暗い法悦を感じ、池本は来るべき犯罪の成果を思って胸を熱くした。
 狂乱の時間は後ろめたい快楽に満ちていた。

 しんとした廊下を忍び足で歩いていた高村は、保健室の前まで来るとあたりを見まわした。大丈夫、誰もいない。跪いて、音を立てないようにそっと扉を開いた。二センチぐらい開けた。なにも見えなかった。声もしない。
 あれ、上野先生、いないのかな……。いいや、そんなことはないよね。入ってゆくところ、確かに見たし。姿が消えちゃうなんて、いまどきの三文推理小説でだってお目にかからないよ。おかしいな……。
 もう少し開けてみた。三センチ、四センチ……もう少し大丈夫かな……。
 と、そのとき、池本の声が聞こえた。しかし、しゃべり声ではなかった。嬌声というべきものだった。やけに色っぽい、誰をもその気にさせてしまうだろう、とろけるような喘ぎ声だった。
 思わず、高村の体は膠着した。池本先生……。
 目を凝らして、保健室の中を覗き見た。
 いますぐ覗きなんてやめなさい!
 そんな声が、確かに聞こえた。他ならぬ自分の声だった。警告を促している。そう、これはいけないことなんだ。池本先生の邪魔をしてはならない。戻ろう、職員室へ。しか試合は根を張ったように動かず、立ちあがることさえできなかった。もっと見ていたい、という本能の要求が勝ったのだ。それに、自分も前の恋人と別れてからは自慰ばかりで、誰とも体を合わせていない。そろそろ限界に等しかった。それに……ええ、これがいけないことだとはわかっている。でもね、禁忌を犯すのに優る楽しみはないのよ。心の中でスリルと悦楽を覚えている自分がいる。中学生のときの移動教室で、女湯をこっそり覗いていた男子生徒の一団の気持ちも、いまならよく理解できる。そう、禁忌を破るに優る楽しみはない。□

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