第2441日目 〈『ザ・ライジング』第2章 38/38〉 [小説 ザ・ライジング]

 それでも食事とその後の団欒はなごやかに進められた。言葉は優しくいたわっているようでも、本心はまったく別のところにあった。
 トイレで聞いてしまった生徒達の声が甦り、クラスメイト達が今日一日ずっと影で囁いている声が聞こえてくるような気がした。きっとみんな、いっているに違いない……。
 赤塚さんてさあ、お高くとまってるのは別にいいんだけど、なんだか勘違いしているよねえ。あの勘違いっぷりっていうのはどこから来るんだろう。まるで女王様気取りじゃない、それがなんだかあの人をみずぼらしくしてるよね。うんうん、眉間にいつもしわ寄せたようなあの顔で女王様はやめてくれよ、っていいたいよね。まるで、なんていうかな、板についてないっていうか、そんな感じ。でもあの人さ、卒業してからもあの調子なのかな? ここならお祖父さんが理事長だから我が物顔で振る舞っていられるけど、大学に行ったり就職したら赤塚さんからは権力なんてなくなるんだよ。そんなのに耐えられるのかな。ね、それはそうとさ、ハーモニーエンジェルスの三期メンの募集ってやってたじゃない。それにね、赤塚さん、応募してたんだよ。えー、マジで? 三期メンの、って確か三組の深町さんと宮木さんも応募してたよね。そうそう、あの二人はね、昨日の発表で上位十人に入ってたんだけど、赤塚さんなんて影も形もなかったよ。くすくす。ん、どうしたっていうのよ。あのさあ、赤塚さんね、国民投票で何票だったと思う? ずうっと下の方に五十何票かしか入ってなかったんだよ。なに、その数字。笑っちゃうなあ……まあね、赤塚さんならねえ。それぐらいなのは仕方ないかな。でもさ、逆にかわいそうになってこない。うん、そりゃあね、でも、これまでの仕打ちを考えたら同情する気にもなれない。あんた、いじめられたもんねえ、一年の時。赤塚さんと深町さんって同じ吹奏楽部なんだよね、そういえば。ああ、らしいね。でも、赤塚さんはお荷物だって聞いたことある。どうやらそれって本当らしいよ。深町さんはプロとしてやっていけるらしいけど。なるほど、赤塚さんは楽器持ってもダメダメさん、ってことか。あ、ちょ、ちょっと、赤塚さん来たよ。
 彼女らは赤塚に、冬休みはどこで過ごすの、と訊いた。彼女の口から出る地名に驚く準備はできている。そして羨望の言葉も、立て板に水の如く次々と流れ出す。赤塚の心はずたずたに引き裂かれた。
 気がつくと、机には小さな小さな水溜まりができていた。
 ――深町さん。
 窓ガラスを雨粒の叩く音がし、やがてそれは激しくなった。昼間は近畿地方にあった低気圧が夕方には名古屋や岡崎の空を支配し、風と共にゆっくり東へ流れて今夜、遂に静岡県の東部地方へ至ったのだ。
 その雨音を耳にしながら、赤塚はひどく緩慢に顔をあげた。
 ――なにからなにまで私より優れている。誰も私を傷つけてはならないのよ。
 宵の入りに電話で池本玲子と話した内容に、赤塚理恵はひどく心が躍った。傷ついた自尊心を修復するにはもってこいの方法のように感じられたのだ。
 ――深町さん、破滅させてやる。
 そう呟いた赤塚理恵の目はうつろで濁り、まるで腐った魚のようだった。口にはにたりとした薄気味悪い笑みが張りつき、唇の端は奇妙なまでにせりあがっていた。◆

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