第2466日目 〈『ザ・ライジング』第3章 23/28〉 [小説 ザ・ライジング]

 よくもまあ、毎日毎日、こんなひどい騒音の中でみんな生きていられるなあ、というのが、横浜駅は東海道本線が発着する六番線ホームに立っている希美の疑問であり、感心であった。
 ホームへ入ってくる電車が、白線の外側を平然と歩く者に向けて、立て続けに警告音を鳴らす。ドアが閉まり発車を知らせるベルが幾度となく鳴り響く。駆け込み乗車を制したり、諫めたりする駅員の気違いじみた声がスピーカーからがなり立てる。人々が声高に交わす世間話に、携帯電話の千差万別な着信音と会話内容が容易にわかる大きな声。エトセトラ、エトセトラ。
 都会ってうるさいなあ。……気が狂いそう。おまけに人はいっぱいで、ぶつかってきても人の足を踏んづけても知らんぷり、謝るどころか逆ににらみつけてくる。いつだって喧嘩が始まってもおかしくない状況下で、都会に暮らす人はみんな我慢強いんだな、とそんなおよそあり得ないことを考えながら、希美はその場に突っ立っていた。キオスクに行っていた白井が戻ってきたのも気がつかなかった。都会に住むって事は、忍耐を身につけることなのかしら。……ああ、嫌だ、嫌だ、やっぱり私はここでは暮らせない。
 沼津行きの十九時五十二分発の電車を待つ列の先頭に、二人は並んで立っている。ひょい、と何気なしに後ろを振り返ってみる。疲れた様子を隠せずにいるスーツを着た男と、目が合った。不審そうな目で希美を見ている。なにかいおうとしてもごもごと唇を動かしていたが、結局口から出てきたのは、ちっ、という舌打ちだけだった。男はポケットからタバコの包みを出したが空なのに気がつくと、またもや舌打ちしてそれを線路に放り捨て、その場から立ち去った。希美はその背中を見送りながら、非常識だなあ、と蔑んだ。正樹さんがあんなだったら……うん、私、絶対に好きにはならなかったろうな。
 希美は眼下のレールに目を落として、ふと思った。あれ、正樹さん、ご実家には顔出さなくていいのかしら、と。でも、そんなことになったら私、なんて紹介されるんだろう。現役高校生をいきなり連れて行って、僕の婚約者です、なんて臆面もなく紹介するつもりなのかな……それでもいいけど、うーん、私はどんな顔して彼のご両親に挨拶すればいいんだろう? 
 それを口にしていいものかどうか迷っているうち、ホームに電車が来た。□

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