第2482日目 〈『ザ・ライジング』第4章 2/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 だが、と上野は考えた。いつのまにか右手の親指の爪を噛んでいるのにも気がつかなかった。深町を(池本の希望通りに)レイプしたあと、いったいどの面さげて彼女に会えばいいというのか。来年になっても部活で顔を合わせる機会はいくらだってある。産休で休んでいる音楽教師が退職したら、ほぼ確実にその後任は俺に声がかかるだろう。そうなったら……いやでも来年度はずっと、授業や部活以外でも深町の顔を見なくてはならない。まかり間違って担任にでもなっちまったらどうするんだ、と上野は舌打ちした。そうしてすぐに思い直した――いや、担任になるなんてことはないな、だって高校三年のクラスを新任が受け持つなんて言語道断だろうよ。
 上野は頭を振って雑念を追い払い、池本の言葉一つ一つに集中しようとした。白井正樹の名前が耳に入った。いったい彼女はなぜそうまで白井に執着するのだろう、と彼は改めて訝った。池本の整った横顔をそれと盗み見ながら、綺麗な顔して怖いことを考える女だな、といまさらに思う。上野が希美を犯している最中に(赤塚をその監視役にして)、彼女は白井を殺しに行こうとしている。誰の目にも明らかなことだった。いったいその男、気位高き女王陛下になにをしたんだ……。白井は深町希美の恋人だと聞いている。大河内からそれを聞いたのが、もうずいぶん昔のことのように思えた。おおかた池本が強引に白井へ迫り、こっぴどく断られたのだろう、と推測した。これまで男を従わせることに快楽を感じ、自分に従うのが当然と信じてきた女王には、白井の拒絶は予想外だったのかもしれない。プライドがずたずたに切り裂かれて打ちしおれ、すさまじい怨念を抱くようになったのだろうことは、容易に想像がつく。
 上野は心の中で快哉を叫んだ。ありがとうよ、白井さん、あんたのお陰で俺はもうすぐこの女から解放される、そのためにあんたの大切な女を傷物にしなくちゃならないが、まあ、勘弁してくれよな。俺にだって自分の人生があるんだ。
 ややあって打ち合わせが終わり、踵を返そうとした上野は池本に呼びとめられた。赤塚から少し離れたところに手招きされ、そっと耳許に囁かれた。「深町さんを犯るのに、しなびてちゃ話にならないわよね。確実に君のペニスが元気になるように、私が前菜になってあげるわ。練習が終わった後、深町さんが来るまで、ね?」
 彼は頷いて池本の見送りを受けた。興奮で足がよろめいてしまった。出ると案の定、赤塚がいまなにを話していたのか、と詰め寄ってきた。無視しようかとも考えたが、心のどこかでもう一人の自分が、それは得策ではない、と囁いた。彼はその声に従った。
 「彼女がね、練習が終わって深町が来るまでの間、俺の息子をべちょべちょにかわいがってくれる、って約束してくれたのさ」と上野は無表情にいってやった。赤塚はなにもいわずにうつむいた。そのまま彼等は黙りこくったまま、階段をのぼっていった。□

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