第2485日目 〈『ザ・ライジング』第4章 5/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 上野は隣にいた赤塚が立ち止まったのに気づいた。キョロキョロあたりを見まわしている。やおら彼は手近の空き教室に引っ張りこまれた。自分を見あげる赤塚の瞳に、池本と同じ狂喜じみた色が宿っていた。
 知らずに身震いしたのが、どうやら赤塚の気に入らなかったらしい。掌に力をこめ、圧迫するように喉へ押しつけた。飢えたハイエナに似た卑しい顔が、よりゆがんで見えた。上唇がめくれて、歯茎がむき出しになっている。濃い眉毛が逆立って山姥のような形相に磨きがかかった。
 ――すると俺はさしずめ、山道をとぼとぼ歩いて、売り物の魚や牛を山姥に提供するだけでなく、最後には自分の身さえ危うくする農夫、というあたりか。くくく、と上野は腹の中でこっそり笑ってみせた。赤塚よ、いまのお前ってホント、山姥にそっくりだぜ。時間を少しやるからさ、鏡を覗いてきてみろ。
 「いいね、先生。逃げたり裏切ったりはさせないよ。もしそんな馬鹿げたことしてごらん。あいつにとどめを刺すために雇った連中に、お前と大河内をバラさせてやるからな」
 赤塚は上野を睨視しながらそういった。だが、上野は最後の部分しか聞いていなかった。喉を潰されかけて息が満足にできなくなってきた頭の片隅で、自分と希美がお互いに恋人もなくフリーの立場だったら、きっとあの子に心は傾いていただろうな、折を見て告白すらしていたかもしれないぞ、と考えていたからだ。大河内の名前が出てようやく彼は我に返り、自分を窒息死させようとしているのではないか、と疑わしげな視線で赤塚を見返した。自然と目が細くなるのがわかる。それにひるんだのか、胸ぐらを摑んでいた赤塚の手が離れた。
 よかった。これで満足に呼吸できるぞ。
 上野は喉をさすってから、目の前でしきりに手の甲をこすり合わせる赤塚を見た。赤塚が後ずさった。目は口ほどにものをいう。そんなことわざがふさわしい状況だった。上野に対してある種の恐怖感を抱いているのは明らかだった。所詮は砂上の楼閣にあぐらをかく似非女王様だな。そこいらへんがお前と玲子叔母さまの大きな違いだ。
 上野は一歩詰め寄って、赤塚に顔を近づけて、にやりと笑ってみせた。
 「安心しな、お嬢ちゃん。お望み通りのことをやってやるよ。目をそらしたりしないで、ちゃんと見ているんだぜ。それとな、かなえに手を出すのは結構だ。しかし、お前の命もないものと思えよ。どれだけ逃げたって、俺は地の果てまでお前を追いかけるからな」
 それを耳にして、赤塚がしりもちをついた。だらしなく足が開かれ、口があんぐりと開かれていた。情けない格好だな、赤塚。お祖父ちゃんが見たら泣いちまうぜ?□

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