第2486日目 〈『ザ・ライジング』第4章 6/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 手を差し伸べて立ちあがらせながら、ふと彼は、自分が希美を犯したあと、赤塚理恵はいったいどうするつもりなのだろう、と疑問に感じた。さっきの保健室での会話から推測するに、池本玲子は警察に捕まることを覚悟しているだろう。俺はどうなるんだろう。もしそうなった場合、俺のことを池本はいうだろうか? 希美を犯ったあと、自分の身に警察の手が伸びることなんて、少しでも考えてみたことがあっただろうか。とうに思い至っていなくてはならない事実に、上野は愕然とした。池本と雖も捕まったあとまで、上野の身を案ずることなんて出来やしないだろう。
 解放されてあとに困ることがあったらすぐいいなさい、私が必ず君達を助けてあげるわ。先日の戯れの折り、池本がそう囁くのを聞いて、そんな羽目にはならないさ、と口の中で呟いたのをよく覚えている。刑務所の檻の中からでも、頼めば助けてくれるのかい、先生?
 どこまでも逃げてやる、そう上野は呟いた。かなえを連れて地の果てまで逃避行を続けてみせる。だが、といまの考えを彼は否定した。俺の犯行だとばれるだろうか――深町をレイプしたのが俺だと、いったい誰が知るというのだろう? 白井とやらが殺されるのと、深町が犯されたのを、果たして誰が同じ目的の下になされた犯行だと考えたりするというのか。――偶然さ。たまたま同じ日に起こってしまった、突然の出来事。
 そう、池本が学内での一件を喋らず、目の前にいるお嬢ちゃんが怖くなって他人にいわなければ、それで済むこと。知る者はいない。我々三人と深町希美を除いては。
 教室を出る前に、上野は赤塚へ訊ねてみた。「赤塚はどうするんだ。その……深町を俺にレイプさせたあとは? しらばっくれるのか? それとも、逃げるのか?」
 「逃げたりなんかしないわ。私は理事長の孫よ。この特権を活かしてとことんしらばっくれてやる」と彼女が答えた。「誰にも私の邪魔はさせない」
 せせら笑う顔に不安と恐怖の影が射していると思ったのは、上野の気のせいだっただろうか。しかしながら、それを見て、上野は確信した。この小娘は自分に手が及んだら、いのいちばんに俺を吊しあげる気だ、と。彼は溜め息をついて、首を横に振った。だがな、自分の思うとおりに事が運ぶと思ったら、おい、似非女王様よ、とんだお門違いってものだぞ。この件に関していえばな、俺は自分が従うべき相手は心得ている。あんたじゃない。池本玲子こそが俺の命運を握る女だ。お前なんぞ添え物に過ぎないのさ。
 「そうか、まあ、うまくやってくれよな」そう上野はいうと、赤塚に背中を向けて空き教室から出て行った。赤塚が眉毛を掻く手を止めて舌打ちしたのを、彼は聞き逃さなかった。もう少ししたら深町を呼びに行くからな、ちゃんと準備しておけよ、と居丈高な声が聞こえた。
 上野はふいに足を停めた。廊下の窓ガラス越しに、いまいる六階から五階の廊下が望めた。テューバ・ケースを持った希美が歩いている。一人だった。すまん、自分を守るためなんだ、犠牲になってくれ……。□

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