第2490日目 〈『ザ・ライジング』第4章 10/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 上野先生に呼ばれたから部室に行ってくるね。待っててちょーだいな。
 藤葉宛にそうメールを打って送信すると、希美は携帯電話をポケットに押しこんだ。
階段を一段一段のぼるたび、濡れたショーツが肌へ触れてくる。羞恥と嫌悪の混ざり合った感情が、そのたびに希美を蝕む。露骨に顔をしかめることこそなかったものの、替えのショーツを持っていない以上、どうやら家に帰るまでは我慢しなくてはなさそうだった。まあ幸いなのは、と階段に目を落としながら希美は思った。楽器の掃除が終わったあと、トイレに行って生理用ナプキンをショーツの内側にあて、一抹の気持ち悪さから解放されたということだろうか。もっともいまはそのナプキンもずれてきてしまったらしく、自分の愛液を染みこませたショーツの一部が、再び肌に触れるようになってきていた。
 もう少しで階段も終わる。あと十段を残すばかり。五階と六階の間の踊り場に到着して残りの階段を見あげた。唇をやわらかく引き結んで、彼女は再び階段をのぼり始めた。グレーのチェック模様で彩られたスカートが、希美の動きに合わせてはためいている。ここが駅やデパートといった公衆の面前なら、手や鞄でお尻を隠しもするのだが、ここは学校で、しかも女子校だ。おまけに今日は祝日で、吹奏楽部と水泳部の関係者を除けばいったい何人が学内にいるというのか。森沢美緒のいる陸上部も、今日は珍しく練習がないときている。そんな状況下で誰がスカートの中を覗きこむというのか。
 明日はクリスマス・イヴだなあ。今年は希美の家で、〈旅の仲間〉がお泊まりの予定だった。一人になって初めて迎えるクリスマス。けど、一時的にであれ、淋しさは紛れるだろう。そして明後日は正樹さんと過ごす。あ、指輪してくの忘れないようにしなきゃ。誕生日まであと半年あるけれど……それまで我慢できるのかな……。さっき練習中に見た白昼夢を思い出し、希美の顔は耳たぶまで赤く染まり、心臓は早鐘のように激しく、狂ったように打ち鳴らされて、どこまでも響いた。また少しショーツが濡れた。気がついてみればブラジャーの下で乳首も固くなっている。
 最後の一段をのぼり終えてエレベーターホールに立ち、あたりを見回してみる。雨が窓を打つ音がしきりに、しかし、静かに聞こえる。ぐるりとめぐらせた視線が、柱の影になって半分しか見えない部室の扉へ吸い寄せられた。途端、希美の心に、教室で感じた不安と恐怖が綯い交ぜになった感情と、黒い衣を着た男の姿がのしかかってきた。唾を呑みこむ音が予想外にはっきりと聞こえて、一瞬どきりとした。
 希美は覚悟を決めたように小さく、ゆっくりと頷いて、部室へと足を向けた。□

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