第2491日目 〈『ザ・ライジング』第4章 11/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 部室へ行く希美を薄ら寒い笑みで見送ると、赤塚はすぐに自分の教室へ向かった。いますぐにでも笑い転げたくなるのを、なけなしの理性でどうにか抑えながら。なによりもそんなことをしたら、却って希美に警戒を促すようなものだ。そんなことをしたら、せっかくの素敵な計画が水の泡になってしまう。いや、それ以上に池本からどんな目に遭わされるか、知れたものではなかった。それだけは断じて避けなくては。赤塚は池本から折檻される様を想像して、思わず身震いした。
 廊下側から数えて二列目の、ちょうど真ん中が赤塚理恵の席だった。そこまでゆっくり歩いてゆく途中、同じ列の前から数えて二番目の席が目についた。目もくれず、机に横蹴りを喰らわせた。机が斜めに滑り、椅子とぶつかった。その反動で床に椅子が、盛大な音を立てて倒れた。
 赤塚は高揚した気分になるのを禁じ得なかった。そこの席の主は、クラスでいちばん自分を嫌っている生徒会役員だ。休み時間になると赤塚の席には誰も集まってこず、その席にばかりクラスメイトが集まってくる。それが彼女は気に入らなかった。
 ふん、やっとのことで入学金も工面して授業料だって分割で支払っているくせに。寄付金だっていつもたったの一口。貧乏人の分際でなに偉そうにしてんのよ! 事実、こうしたことを以前に一度、その席の主と意見が合わず自分の考えを押しつけようとしていたとき、赤塚はいったことがあった。
 それがきっかけとなって赤塚はほぼ村八分の状態になり、職員会議では赤塚に訓告を出して然るべき処置をすべきか否かで意見が分かれた。なんといっても、赤塚はこの学園の理事長の孫なのだ。誰もが訓告を出すべきとは思ったが、いざ、その役を担おうと志願する者はいなかった。結局表だってはなんの注意もなかったけれど、それは理事長の秘書を通して理事長と、血縁である池本玲子に伝えられた。本人へは赤塚家の夕食会の折り、親族の前で憤りを露わにした祖父から告げられた。そのときの憤懣やるかたない思いを甦らせながら、赤塚ははっきりと呟いた。深町の次はお前を嬲り者にしてやるからな!
 自分の席まで来ると、机の横のフックにかけていたサブバッグを手にし、中から小さな巾着袋を取りだした。紐をゆるめてそこから赤塚が出したのは、光沢を抑えた銀色の、ハンディ・サイズのデジタル・ヴィデオ・カメラ(DVC)だった。電源を入れ、バッテリーを確かめる。うん、大丈夫。ばっちり充電されている。
 レンズを窓に向け、画面を覗きこんだ。色調も特に問題はない。倍率をあげると、窓に筋を引く細かな水滴の、一粒一粒が見て取れた。
 「破滅させてやるわ、深町希美。私よりいい思いをするとどうなるか、思い知らせてやるわ」と赤塚はいった。地獄の底から響いてくるような不気味な声だった。
 DVCの電源を切って、巾着袋に戻す。この証拠映像を見せられたら彼氏はどう思うだろうね。見限って玲子叔母さまとくっついてくれればいい。そうして、私はこの映像をネタにお前を屈服させ、召使い同様に扱わせてもらう。それに飽きたら、テープと一緒にお前をAV制作会社に売って、飢えた男どもの慰み者にするのもいいかな。いずれにせよ――
 「ショータイムの始まりよ」
 赤塚は携帯電話を上着のポケットから取り出すと、音楽準備室で上野に“前菜”を与えている池本へ連絡した。
 ショータイムはもうすぐ始まろうとしている。□

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