第2494日目 〈『ザ・ライジング』第4章 14/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 上野はなにも着ていなかった。どちらかというと筋肉質で、腹の肉の弛みもなく引き締まった体だった。もし彼を教師としてのみ知る者がいたら、おそらく六割の確率で体育の教師と答えるだろうし、そうでなくても体育系の部活の顧問でもしているのではないか、と推測するであろう。休みの日は地元の野球チームやサッカー・チームで汗を流しているのでは、と詮索されても、なんらおかしくはない。だが、そんな事実は欠片もない。さりながら、健康的な体の持ち主とはいってもいい。しかし、いまの彼は死者のようだ。
 それよりもなによりも希美の視線を否応なく引き寄せるのは、彼の股間にあって鎌首をもたげ、天を仰ぐぐらいの勢いで隆々と勃起している怒張であった。生唾を呑みこんで、希美は短な呻き声をもらした。男の人のものってあんなに大きいの? それじゃあ、正樹さんのも……いやだあ(この状況に及んでなお、希美は婚約者の顔を目の前の上野の体と合成して頬を染めていられる、ある意味で冷めた、一歩離れたところからこの場を観察しているもう一人の自分がいることに気がついて、愕然とした)。あんなに大きいの、入るわけないじゃない……。
 いやいや、いまはそんなことを考えている場合ではない。
 逃げなさいっ! 再び《声》がした。一気に現実へ引き戻された。だが、かといってこの状況に変化が生じるわけではない。相変わらず表情の窺えない眼差しで自分を見つめる上野が、ニカッと歯を見せて笑んだ。それをきっかけに足から力が抜けてゆき、へなへなと力なく臙脂色をした安手の絨毯に坐りこんだ。
 太腿までまくれたスカートを目にした上野の瞳が、ようやく光を宿した。だが、その光とてゆめ生気に彩られたものではなかった。のろのろと腰をあげ、よろめきながら近づいてくる上野を、希美は見あげていることしかできなかった。歩くたびに、怒張が――血管を浮かびあがらせてカリの張ったどす黒い怒張が、根本から小さく揺れている。先端の鈴口からカウパー汁がとめどなくあふれ、ぬらぬらと猥褻な輝きを放って濡れている。
 逃げようにも体が硬直して、身動きができなかった。夢だわね、これって。きっと悪い夢でも見ているんだ。こんな悪夢めいた光景、現実であるものか。希美は固く目をつむって、どうかこれが夢でありますように、夢なら早く覚めますように、と願った。しかし、どう祈ってもこれが夢でないのはわかっている。
 それが証拠に上野は希美のすぐ前にしゃがみこんで、力一杯に彼女の肩を摑んだ。小さな悲鳴が希美の口からもれたが、力を緩めさせるだけの効果はなかった。もうこれ以上の大きな声は出せそうもない。この場の行き着く先をぼんやりと想像しながら、希美は自分の方へ向けられた、物欲しそうに小刻みに上下してなおも汁を噴き出している亀頭を凝視していた。もう逃げられない。上野先生――いや、もう先生でなんかあるものか!――に犯されてしまうんだ。こんな初体験があっていいわけがない。私の処女は正樹さんだけのものだ。
 黒いストッキングをはいた希美の左脚を、上野がねっとりとした手つきで撫でさすっている。ああ、もう私は逃げられない。誰か、誰か助けてよ……ふーちゃん、助けて……。
 「なあ、深町。俺はね、ずっと前からお前のことが好きだったよ。けれど、俺には結婚を考えている相手がいるから、ずっと黙っていた」と、抑揚のない声で上野がいった。「こんな形で告白なんかしたくなかった。でもな、これはあいつらに脅されて仕方なくやってるんだ。本心じゃないんだ、こんなことするのは。信じてくれよ、な?」
 じゃあ、いやらしい手つきで脚を触っているのは、いったいなんなのよ。意識の遠くでそう答える声があった。
 それに、あいつら、っていったい誰よ?□

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