第2792日目 〈福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 創元推理文庫から『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』が復刊される、と知ったのは、はて、Twitterが先であったか、ウェブの「今月出る文庫、来月出る文庫」が先であったか、覚えていないけれど、とまれその情報に接したとき、「いやっほー!」と心のなかで快哉を叫んだのだけは、覚えている。
 それは福永武彦、中村真一郎、丸谷才一、という自他共に認めるミステリ中毒者が、20世紀中葉の推理小説を俎上に上して、愛情たっぷりに語り倒した愛好家必読の1冊。今日はその感想文ではなく短な書誌めいた一文を書き綴ってゆくものとする。退屈でしょうが、お付き合いいただけると嬉しいです。
 『深夜の散歩』の基になったのは、雑誌『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(以後『EQMM』と略す。なお本誌は現在は隔月間となった『ミステリ・マガジン』の前進である)に3氏が連載したエッセイ。福永武彦「深夜の散歩」、中村真一郎「バック・シート」、丸谷才一「マイ・スィン」、以上3部から成る。
 書題にもなった「深夜の散歩」は福永が担当、『EQMM』1958年7月号から1960年2月号まで連載。巻頭言の「Quo vadis?」、アガサ・クリスティ『ゼロ時間へ』を俎に乗せた「ソルトクリークの方へ」にはじまり、アンドリュウ・ガーヴ『ギャラウェイ事件』を取り挙げた「ウェールズ地方の古い廃坑の方へ」で終わる。全18編。
 中村が担当した「バック・シート」は、1960年5月号から1961年7月号まで『EQMM』に連載された。エド・マクベインの人気シリーズ<87分署>の魅力を語った「アイソラの街で」にはじまって、中村のスパイ小説観を綴った「スパイ小説」まで全15編より成る。
 最後に丸谷才一。連載は1961年10月号から1963年6月号まで、15編が『EQMM』誌上に載った。クリスティ『クリスマス・プディングの冒険』を振り出しにした「クリスマス・ストーリーについて」にはじまり、推理小説と呼ぶよりも探偵小説と呼び続けたいと語る「新語ぎらい」まで。
 (丸谷のパートで個人的に好きなのは、創元推理文庫から完訳版が出て間もないウィルキー・コリンズ『月長石』を推奨する「長い長い物語」。およそ『月長石』については歴史的意義やその長ったらしさばかりが強調されて、冷静に、ミステリ・ファンの側から陳述された文章を、寡聞にして知らないからでもあろう)
 上記をまとめた単行本が昭和39/1964年に早川書房から、ハヤカワ・ライブラリの1冊として刊行。その際のタイトルは、『深夜の散歩 ミステリの楽しみ』であった。このあと、「三人の著者のミステリに関するエッセイを追加」して講談社から上梓されたのが、『決定版 深夜の散歩 ミステリの愉しみ』。昭和53/1978年に刊行されたこの決定版は、3年後に講談社文庫に編入された。
 ここで整理を。ハヤカワ文庫版『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』(1997・11)は、1964年刊のオリジナル版を再現したヴァージョン(解説;瀬戸川猛資)。一方、今回創元推理文庫版が底本に採用したのは、講談社から刊行された決定版である。
 残念ながらわたくしはまだ、講談社刊決定版を所持できていないので追加されたエッセイが、創元推理文庫に収められる文章のどれなのか、確定できない。ついでにいえば、創元推理文庫の帯には「文庫初収録の文章を含む」とある。それがどの文章なのか、特定もできないでいる。そういう意味では本稿、ちょっと時期尚早かもしれないが、その点はどうぞご寛恕を。この点に関しては、講談社の決定版を入手次第、続稿を執筆、ここにお披露目することとしたい。
 『EQMM』連載後にまとめられた各氏の文章は、ハヤカワ文庫版と創元推理文庫版との間に本文の異動は認められない。みな故人ゆえそれも当たり前といえばそれまでだが、底本が異なれば異動の有無或いは程度について確かめてみるのは当然であろう。
 最後に、ハヤカワ文庫版になくて創元推理文庫版にある文章だけ、以下に記してお茶を濁す。
 福永武彦;『EQMM』や『ミステリ・マガジン』、中央公論社『世界推理小説全集』並びに『世界推理小説名作選』に寄せた文章が6編。
 中村真一郎;『ミステリ・マガジン』や『世界推理小説名作選』、集英社『世界文学全集』に寄稿した文章が3編載る。
 丸谷才一;3氏のなかではいちばん多く、10編を集める。初出は『EQMM』の他新聞や『世界推理小説名作選』など。連載こそされたが単行本未収録であった「マイ・スィン」の何回分かを併収。「元版「深夜の散歩」あとがき」にあるように、幾つかの回は丸谷自身の判断で収録が見合わされた由。これは今回も踏襲された。◆

 追記
 このように楽しんで読むことのできるミステリの案内書は、じつはけっして多くない。小泉喜美子『ミステリーはわたしの香水』(文春文庫)や『メイン・ディッシュはミステリー』(新潮文庫)、青柳いづみこ『ショパンに飽きたら、ミステリー』(創元ライブラリ)、ちょっと変化球かもしれぬが『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』全3巻(講談社)が、わたくしがこのジャンルに分け入って行くときに頼る、心強い案内書です。□

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