第2967日目 〈或るストーカーの死。〉 [日々の思い・独り言]

 ストーカーが自殺した。留置所で先週の朝、首を吊って死んだ。来月の初公判を前にして、すべてを洗いざらい語ることなく、勝手に死んだ。
 13年間、付きまとった割には最後の逮捕劇は拍子抜けする程、あっさりしたものであった。夜、相手のマンションに押し掛けてドアをどんどん叩き、大声で喚き散らし、隣室の住民に噛みついた──ここまでは、これまでもあった光景だが、その日、かれはやり過ぎた。たまたま廊下に姿を現した男にまで、難癖つけて己を正当化して摑みかかったのである。それが、かれの年貢の納め時となった。
 もっと相手をよく観察するべきだった。それは、挑んではいけない人物だったのだ。風采を見れば察しはついたように思うが、不幸なるかな、かれはその時へべれけだった。
 そこに連絡を受けた警察とやがて彼女の夫になる男性、そうしてわたくしその他が次々と到着し、ストーカーがお縄に掛かる瞬間を目撃した。喚き散らすストーカーが連れてゆかれた後、インターホンを鳴らした。怯えながら扉を開けた彼女が、あたり憚ることなく大泣きしながら夫になる男性の胸に飛びこんでいった様子を見るのは、辛かった。が、心からの安堵をも覚えた。もう大丈夫。13年間偽りのカレシを演じて当時はまだ姿の見えなかったストーカーから彼女を守り続けたわたくしの役目は、終わった。もう暗がりに紛れて襲撃されることもない。
 今年になって彼女は結婚して、JR沿線から地下鉄沿線のマンションに転居した。時々、かれらから夕食の誘いを受けて、のこのこ出掛ける。困ったことに部下と同じ路線ということでバッティングしたことが何度かあるけれど、その都度わたくしは彼女に付きまとったストーカーの心理に思いを馳せることしばしばであった。
 冒頭で述べたように、そのストーカーは自殺した。卑怯者、と思った。ろくでなし、とも思った。説明責任を果たすことないままこの世を去った彼奴に、わたくしは生涯複雑でダークな感情を抱えたまま生きるだろう。
 一応、通夜は営まれた。誘われたが、行かなかった。最初は彼女と2人で列席するつもりだったが、その日の昼間に彼女が電話してきて、「写真であっても彼奴の顔は見たくない」と宣言したことで、予定はキャンセルした。仕事の帰りに彼女らのマンションに赴いて、形ばかりとはいえメンタルケアを施すことにはなったけれど。
 顧みて彼女と知り合ってからの約20年、その間彼女があの晩ほど怯えた姿は見たことがない。普段は強気で、心を許した相手の前でだけだらけるような子だけれど、それでもあすこまで怯えて、恐怖に体を震わせて、弱々しいところを曝け出すとは思いもよらなんだ。
 いま、彼女たちは幸福である。今週、妊娠3ヶ月と知らされた。良かった。もうわたくしの役目は完全に終わった。道の果ての開拓地を目指して、飄然と彼女たちの前から去るとしよう。サンキー・サイ。
 なお、本稿は彼女の希望によって書かれた。
 ……本当にこれで良かったのかい?◆

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