第2991日目 〈事件記者、モルチャックが行く!(その3)〉 [日々の思い・独り言]

 何年振りかのモルチャック・レポートである。どうやらみくらの野郎はオレの存在をすっかり忘れていた様子だ。これを書き始める直前にオレの妻に電話してきて、モルチャックってどんな顔してたっけ? とか訊いたらしい。まったく憤慨ものだ。妻はそれを聞いて唖然とし、そのあと大笑いしていたらしいが。これもまた憤慨ものである。旦那の背中を思い切り叩いて、あんた本当に存在感がないんだね、って、……。ちぇっ。
 いまオレは、横浜みなとみらいのスタバにいるんだが、いつの間にやら店は大きくなり、更に居心地が良くなった。相も変わらず外気が入りこんできて寒い席があるのは、もはやビルの構造が関係する話だから、ぶーたれたって仕方ない。
 そういえば前回のモルチャック・レポートも同じみなとみらいの別のスタバであったが、お断りしておく、オレはスタバを事務所代わりにしているわけでもなければ仕事場にしているわけでもなく、クライアントと会う応接場にしているわけでもない。レポートの舞台が7割の確率で全国津々浦々のスタバになるのは、……そりゃあみくらの野郎が大のスタバ・フリークで、かつここで原稿書いたり本を読んだりするのが習慣になっているからさ。奴の筆先から生まれてくるオレが、レポートの舞台についてドーノコーノ言える立場でないのは仕方ない話だ、ってことだ。
 ああ、さて。
 レジ・カウンター裏に四脚並ぶテーブル席のいちばん端っこで、オレはぼんやりコーヒーを飲みながら渡部昇一『日本史から見た日本人・鎌倉編』(祥伝社)を読んでいる。これは実におもしろい日本史の本だ。こんな刺激的で卓見に満ちた、語る視点が独創的な日本史の本が50年近く前に、しかも英語学者の手によって書かれていたことは驚きである。時の淘汰に流されて消えてゆく本が圧倒的に多いなか、版元を変え判型を変えて本書は生き延びてきた。
 壁際のテーブル席に、男と女が向かい合っている。ジャミラとピグモンのような2人が、前のめりになって喋っている。その内容は周囲にまで丸聞こえだ。女の声があらゆる音塊を突き抜けて、轟き渡っているからだ。レジ・カウンターのなかのバリスタさえもが聞き耳立てているのがわかる──が、お客の注文はちゃんと聞こう? 当然、耳に難を抱えるわたくしにさえ、その内容は聞き取れる(あ、ごめん、いまのわたくしは事件記者モルチャックであったな。失敬、失敬)。
 まぁ、要するにだな。ジャミラとピグモンが痴話喧嘩をしているのさ。ジャミラがピグモンの普段の言動を非難し、夜の生活を罵倒し、職場での態度を詰り、経済弱者であることを嘆き、不貞を責め立てる。
 だいたいこんな順番でジャミラの話は展開していった。思わず耳をそばだててしまったとしても、否、はっきり言おう、耳をダンボにしてしまっても誰がその人を非難するというのか。聞きたくなくても聞こえてくるのだから仕方ないよな、恋愛二等兵? とはいえ、武士の情けで会話の詳細を記録することはしない。武士の情けって、モルチャックはどこの国の人なのか、と君はいまさら訊くのか?
 ジャミラがまくし立てて責め立てる一方、ピグモンは結局最後まで防戦一方。時々繰り出すジャブの勢い持つパンチもなまくらで、何度パンチを出しても相手に有効打を与えることができない。わたくしがここに来てかれらの痴話喧嘩を聞くようになって、既に27分が経過している。その間、ジャミラの口撃が途切れることはなかった。ジャミラの口から言葉が止まることはなかった。ジャミラの温度感がさがる気配はいっこうに窺えなかった。ジャミラの怒りのボルテージがわずかなりとも目減りすることは、ただの一刻もなかった。ジャミラの怒りが収束に向かう或いは言いたいことを吐き出してしまったあとに来るあの空虚な瞬間が訪れることは、なかった。然り、最後の最後まで。
 嗚呼、ジャミラを駆り立てたものは、果たしてなんであったのか? ピグモンはどんな不貞をやらかしたのか。
 要約すれば、知り合って1年程度の2人が結婚の約束をして同棲して、いまが独身時代でいちばん幸せな頃にもかかわらずピグモンが他に女を作って深入りし、ジャミラに別れを切り出したというのが話の出発点、そうして核であるらしい。
 見ればピグモン、そんな芸当をやってのけるような男には映らないんだがなぁ。ジャミラも世間相応に可愛い部類に入ると思う。ピグモンに不貞を働かせる程の要素も傍目には見当たらないのだが。
 どうやってこの男が二股掛けて、出逢って2ヶ月足らずの不貞の相手と結婚するまで思いこんだのか、オレは是非にも知りたいと思った(スタバは取材ネタの宝庫である)。かれらが席を立つまでオレは本を読む振りをしていよう。そうしてかれらが1人になったらピグモンに近附こう。最近はデカイ仕事ばかり追っ掛けてきたせいで、こうした市民的なネタを深掘りして記事を書いてみたい。まぁコロナ禍で長期間、家を空けて取材することもできない御時世だしな。それに妻もオレが家で仕事をしていることで安心するようだ。その名目が<監視>っていうのがチト解せないが。
 それはさておき。
 ……男と女って難しいね、なんとなくで付き合い始めた2人の絆って結婚の約束をして強固な風に見えても、外圧に曝されれば案外脆くて弱いものなんだな。いやぁ、怖い、怖い。オレも妻には絶対忠誠を誓って尻に敷かれて掌で転がされて、村上春樹いうところの<小確幸>を噛みしめながら、妻と一緒にいられる日々に感謝して過ごそう。
 斯くして、モルチャック・レポート第3回、完。◆

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