第3004日目 〈経済再生成ったいま、再びの勝負はこれからですよ。〉 [日々の思い・独り言]

 新卒で就職先も決まっていたのに、入社日前日に内定取消を喰らったみくらさんさんかです。バブルが弾けて不況の波が最初に押し寄せた世代でしたから、これ、実はけっして珍しい話ではない。仕方ありません。まぁ、そんなものだよね。そんなこともあるよね。……っていうのは、勿論現在だからいえること。当時の心境を、当時の映画のタイトルを拝借すればこうなります。曰く、「バカヤロー! わたし怒ってます」と。それはともかく。
 それにしてもバブルの恩恵に与ったほぼ最後の世代がそのまま平成不況の煽りを喰らう最初の世代になったことは、経済史の観点から見ればなかなか興味深いことではありますまいか。誰か、われらのところへインタヴューに来いよ。当時の庶民層がどんだけ迷惑被り、その後たくましく生きて財を築いたか、語ってやるぜ。えっへん。
 当時の平均睡眠時間、約4時間。アルバイト雑誌や伝手を頼って見附けた3つのバイトを掛け持ちして、うむ、いまにして思えばよく倒れなかったものであるな。倉庫内作業と港湾労働、そうして某通信会社の総務事務。肉体労働は体力作りと精神鍛錬、注意力、観察力を養ってくれたから、いまでも当時の同僚や上司には感謝している。むろん、実際に働いているときはこれ程厭な仲間もなかったけれどな。お金を貰う以上は我慢、我慢。ひたすら忍耐であります。
 (因みにそのバイト先、同じ或いは隣接するエリアではなかったものだから、移動も大変でねぇ。交通費だけで1日4,000円近く飛ぶような場所にありましたもの。もっとも、実際に支出していたのは2,000円程度かな、交通費負担の会社で助かりました。それでも結構な額ですがね)。
 斯様な時代の荒波に揉まれて(おお、初めて使ったぜ、この表現)今日まで生きてきて、経済面でいちばん幸いだったのは既に渡部昇一の著書で本多静六博士の<四分の一天引き法>を知り、実践し始めていたことでありましょうか。これ、最初はキツかった。トータルで30万近くは稼げていましたが、それでも1/4を貯蓄して残り3/4ですべてを賄うことには苦労した。実家住まいであっても、出てゆくものは出てゆくんですよ。そう、3ヶ月で挫折しそうになりましたもんね。
 でもですね、ふしぎと100万円貯められると、そこから先は楽になるんですよね。<四分の一天引き法>のある生活に馴れたから、という事実はありますが、それ以上にお金を貯めることが楽しくなってくるんです。守銭奴になったわけじゃあ、ない。貯金がゲームのように思えてくるんですよ。貯まったお金でなにをするか、なにを買うか、考えられるようになる。即ちそれ、心にゆとりが生まれた証拠であります。
 もう婚約者は身罷っていましたので誰かとの結婚や家庭を持つなんて希望、完全に棄てていました(最近までは!)。だからこそ、余計にゲーム感覚となり、なにをするか、なにを買うか、について考えられたのでしょうね。
 それから今日まで、えーと何10年経ったんだ? 一時的に経済危機に見舞われて崖っぷちに立たされたこともありましたが、いまはなんとか持ち直して負債も完済。さぁ、改めての勝負はこれからだ、と息巻いております。
 幸福なことに体はまだまだ頑丈、出せるものもまだ多く濃くて活力はある(とのこと)。さて、60歳でリタイアしたあと、どこで、どう生きるか。独り身の気楽さでのんびり考えています(65歳まで働く自分が想像できない)。悠々自適という言葉とは縁遠い生活にはなるだろうけれど、好きな人と、好きな所で、好きな仕事で食べていきたいなぁ。◆

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